西部邁、中島岳志の師弟対談 保守と右翼の間にある大きな違い (3/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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西部邁、中島岳志の師弟対談 保守と右翼の間にある大きな違い

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西部邁(にしべ・すすむ)(78):評論家。北海道生まれ。吉野作造賞を受賞した『経済倫理学序説』など著書多数。現在は、雑誌「表現者」顧問/中島岳志(なかじま・たけし)(42):東京工業大学教授。大阪府生まれ。専門は南アジア地域研究、近代思想史。著書に『ナショナリズムと宗教』『「リベラル保守」宣言』など(撮影/写真部・大野洋介)

西部邁(にしべ・すすむ)(78):評論家。北海道生まれ。吉野作造賞を受賞した『経済倫理学序説』など著書多数。現在は、雑誌「表現者」顧問/中島岳志(なかじま・たけし)(42):東京工業大学教授。大阪府生まれ。専門は南アジア地域研究、近代思想史。著書に『ナショナリズムと宗教』『「リベラル保守」宣言』など(撮影/写真部・大野洋介)

●ネトウヨは「反左翼」

中島:デモクラシーを多数派の専制にしてはならないというのが政治学の基本です。フランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルが名著『アメリカのデモクラシー』で書いたのは、多数者の専制を引き起こす大衆社会の熱狂を避けよ──ということ。多数者の専制下では、少数者は抑圧され、最終的には個性や自由が迫害された均質社会となり、大衆社会にのみこまれる。それは避けるべきだと説いた。そして、デモクラシーが健全に機能する前提として、学校、協会などの中間共同体を挙げている。この中間領域は、メディアの出現で崩壊するとも書いています。為政者と個人がメディアを通じて一対一となると、為政者は大衆の欲望の代理人となり、ポピュリズムのような政治がはびこる。メディアと大衆、それを利用しようとする政治家が三位一体となり、結局、アメリカのデモクラシーは崩壊すると指摘しています。

西部:イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルは後年、トクヴィルを読んで感銘を受け、書評論文を書いた。現代イギリスの恐ろしさは毎朝、同じ時間帯に、同じ紅茶を飲みながら、同じ新聞を読んでいる人が3千人もいることだ、と。人間はそれぞれ個性を持って態度を決めるべきなのに、3千人も同じものを読む時代を恐ろしいと言う。今の日本のメディア状況なんて、どれだけ恐ろしいか(笑)。

──いわゆる「ネトウヨ」は、保守思想にシンパシーを感じている人も多い。保守からはどう見られているのでしょうか。
中島:彼らは保守思想にすらコミットしていないと思います。左翼が言っていることが気に入らないという「反左翼」という意識だけではないか。

西部:でも、この「反左翼」の歴史は長い。何十年も前から有名な右派論客にも、「反左翼」だけの人間はたくさんいる。それが次第に数を増やして、ネットにあふれている。ただ、彼らの言葉が過激になったことの背景はある。戦後70年間、言論界のみならず学界、経済界、政界も左翼思想になじむ言動をしないとパージされてきた。それに反抗するのだから、極端な人間が一定数増えるのは必然です。


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