確かに金にはならないだろう。けれども、文明と自然のインターフェースに立ち、自然からの贈与を人間社会に有用なものに変換する仕事には、人間性の根源に触れる何かがある。うまく説明できないけれど、そのような場では、たぶん都市とは違う時間が流れているのだと思う。人工的な環境にいる限り決して発動することのない脳内部位が活性化し、それまで使うことのなかった知覚が働きだす。自分の身体が豊かな、手つかずの埋蔵資源で満たされていることに気づく。農業の現場では、そういうことが起きているのだと思う。自分自身の豊かさに気づくことのほうが、現金収入の多寡よりもたいせつだと彼らは(そういう言葉づかいはしないだろうが)直感したのだと思う。

 周防大島で、鶴岡で、朝来で、あちこちで農業のうちに可能性を見いだして、都市生活を離れた若者たちと出会う。彼らの上に豊かな祝福と加護がありますように。

AERA 2017年4月10日号

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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