例えば、授業中に失敗した他の生徒に対して「へぼい」といった発言をすぐにする。言っていいことと悪いことの判断をする前に口に出してしまうのだという。

●心を折りたたむ

 コンピューターやインターネットの普及で、いつでもどこでも自分の思ったことを発信できるようになった。知りたいことは検索できるようになった。便利になった一方で、じっくりゆっくりと考える機会が減り、「考えない」「待てない」子どもたちが増えてきているのだという。

 こうしたネット時代の子どもたちに必要な気持ちを整理したり、区切りをつけたりするといった「心を折りたたむ」ことが、将棋を学ぶことで身につけられると安次嶺さんは考えている。

「将棋をするだけで、礼に始まり礼に終わる、勝ち負けの自己責任といったこと、また、集中力、忍耐力、持続力もおのずと身につきます」

 前出の高野さんもこう話す。

「教室に来た当初は、じっと座っていられない、おしゃべりばかりしていて落ち着かないという生徒もいました。でも、将棋を続けていくうちに、ずっと座って将棋に集中していくようになりました」

●人のことを「察する力」

 実際、教室では幼稚園児もいるが、休憩をはさんで2時間の間全員が椅子に座って対局に集中している。

 とある対局中。幼稚園児の生徒が、

「早くやってよ」

 待ちきれなくなって盤面を見ながら独り言のようにつぶやいた。相手は、

「まだまだ」

 とつぶやいて、次の手を考え込んでいる。不満そうな顔をする幼稚園児の生徒に対して、隣の席で対局をしていた1級の
緑川りんと君(10)が、

「いやいや、将棋は待つものだから」

 と小さな声でたしなめた。年長者が年少者に技術面だけでなく、礼儀などもアドバイスをする光景も教室では日常的に見られた。

 将棋棋士・羽生善治さんの著書『将棋から学んできたこと これからの道を歩く君へ』(朝日文庫)の「解説」で、安次嶺さんは、

「これからますます、人のことを『察する力』が現代社会では必要となるだろう。(中略)いかに実社会の中で、人と人との生のふれあいをしていくかが問われている。だからこそ、いま、こうして『将棋から学ぶ』ことが見直されているのだろう」

 と書いた。普通に対局をするだけで、相手のことを考えること、待つことが、おのずと身につく将棋は、いま教育現場でさかんに必要だと叫ばれている基礎力を身につける近道なのかもしれない。

(編集部・長倉克枝)

AERA 2017年3月13日号