●米国に学び追い越す

 小関さんが小宮社長に同調し、言葉を継いだ。

「産業は育てるもので、どこかから奪い取るものではありません。われわれはずっと工業の現場で生きてきたから、それを痛感しているんです」

 小関さんは51年に大田区の町工場で働き始めた。朝鮮戦争の特需に沸いた時代。米軍発注品は厳密な規格を要求され、返品も珍しくなかった。「アメリカに学んでアメリカを追い越そう」が合言葉だった。高度経済成長期以降も、町工場は親企業の苛烈な単価切り下げ要求に応じ、切磋琢磨してきた。

 小関さんは言う。

「米国が本気で製造業復活を図るのであれば、大なり小なり日本と同じようなステップを踏むことが必要ではないですか。中間層の不満を利用するトランプさんの政治手法は、労働者の苦労をダシにしているだけではないでしょうか」

 トランプ流を象徴するのが、「メキシコとの国境に巨大な壁をつくる」という「公約」だ。大統領就任後も、「北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉」を明言している。トランプ政治のターゲットにされがちなメキシコに進出している中小企業経営者はどんな思いでいるのだろうか。

●保護主義は自己否定

 金属プレスメーカー「正栄工業」(神奈川県川崎市)は中国に2工場、メキシコに1工場を展開する「グローバル企業」だ。

「トランプ政権は長くても8年間。私たちは10年、20年と海外で生き残っていかなければいけません」

 グローバル化の波にもまれてきた井口年英社長(71)はトランプ政権誕生にも泰然と構える。

 海外展開の起点は95年。主要取引先から中国で現地調達する方針を伝えられ、中国・広東省に工場を建設した。井口社長はこう振り返る。

「世界にどんどん出ていく取引先企業に合わせ、融通の利く生産体制を敷かないと仕事はもらえません。国内取引だけで踏ん張る特殊な技術がない限り、やむを得ない選択でした」

 だが、2015年のメキシコ進出は事情が異なる。世界の労働力や市場をくまなく調べたうえで、メキシコには潜在的なビジネスチャンスがある、と同社が主体的に判断して進出を決めたのだ。主力は自動車部品。6割が米国向けという。

 トランプ大統領は、関税撤廃に導いたNAFTA見直しによる関税率アップや「壁」建設で、メキシコからモノや人の流入を制御したい考えだ。それでも、井口社長は冷静に見据える。

「米国が一方的にメキシコ製品に高率関税を課すのはWTO(世界貿易機関)協定違反になるため現実的ではありません。二国間交渉で若干関税率がアップしても、結果的にメキシコ国内の賃金上昇が抑制される面もあり、経営者として長期的な視点に立てば必ずしも悪いことばかりとは言い切れません」

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