国際NGOは今年1月、世界で最も富裕な8人が、経済的に恵まれない下位36億人分と同じ資産を所有している、との推計を発表。このうち6人が米国人だった。井口社長はこの調査結果を踏まえ、トランプ大統領にこう注文する。

「グローバリゼーションの恩恵を最も受けてきたのは米国です。これを否定するのは自己否定のようなもの。トランプさんが真に米国の労働者の立場に立つのであれば、いびつなほどに膨らんだ米国内の格差是正を図るのが先決ではないですか」
 マイノリティーや女性に対する権利の保障、州政府の自治を重んじる制度体系など、自由と平等を掲げる米国の民主主義は世界の尊敬を集めてきた。「トランプ大統領には、『小さなもの』を大事にする精神風土をつぶすのですかと問いかけたい」。そう嘆くのは大田区の「大橋製作所」の大橋正義社長(74)だ。自社を世界に誇る実装設備メーカーブランドに育てる一方、中小企業家同友会の全国協議会メンバーとして、中小企業の経営環境改善に取り組んできた。

「平和の維持が経済活動の基本」と唱える大橋社長は、トランプ大統領が打ち出す極端な保護主義政策が国際協調バランスを崩し、新たな紛争の火種にならないか懸念を強めている。自由貿易体制に支障が出て経済が縮小局面に入れば、より深刻な影響を受けるのは経営基盤のもろい中小企業だからだ。

●「虚業」の過熱を警戒

 中小企業数は86年の約533万社以降減少し、14年は約381万社。倒産件数は一時的に減少する一方、廃業が増加している。理由は「将来を展望できない」からだと大橋社長は言う。裾野の広い中小企業の衰退は地域の暮らしや若者の雇用、ものづくりの基盤を失うことに直結する。

「今は転換期」。そう認識する大橋社長は、トランプ大統領誕生による「変化」を捉えて金融ビジネスが一層肥大化しかねない、と警戒する。

「実体経済に根差した価値の創造ではない、投機による『虚業』の過熱は世界経済にとって弊害です。金融資本主義を先導する米国に追従してきた日本は、今後もトランプ大統領の要請に応えることしか念頭にないように映ります」

 トランプ大統領の米国にどう向き合うのか。大橋社長は、その姿勢から浮き彫りになる日本の未来を注視していくつもりだ。

(編集部・渡辺豪)

AERA 2017年2月27日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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