同じ芸術性を競うフィギュアスケートのようにプロへの道がないだけに、「O」のパフォーマーはシンクロを生かせる唯一の職業に近い。そこでパフォーマーとして10年のキャリアを積んできた。現地でアメリカ人男性と結婚し、出産も経験。「O」のショーは、1日2回、年間およそ470もの公演が予定され、基本的にはメンバー全員が参加するというハードさだ。だが、選手時代、1日10時間近く水の中で厳しい練習を乗り越えてきた北尾さんにとって苦痛に感じることはほとんどないという。

「選手のときは連休が年に1、2回あるかないかでした。それに比べたらいまは週に2日も休みがあるので(笑)。ショーはだいたい19時と21時半の2公演で、昼間は自由になる時間も多くあります。現役時代は、なかなかシンクロを楽しみながらやることはできなかったのですが、ここではたとえ間違ってもみんな笑顔。いまは自分の好きなことが仕事にできていることを本当に幸せに感じています」

 そして、北尾さんは“賭け”に勝った。五輪に出たことで感じたモヤモヤした気分を晴らすべく、男女混合のミックスデュエットのアメリカ代表として現役に復帰したのだ。

「現役を辞めてこっちに来たときから、シンクロに限らずいろいろ勉強してきて、いままたシンクロに戻ってこられたんです。ミックスデュエットは新しい種目ですし、よりショー的な要素が多くなっているので、自分のやりたかったシンクロに近い。もちろん、いまそれに挑戦できるのは、日本のシンクロがあったからこそなんですけどね」

 もちろん、「シルク・ドゥ・ソレイユ」は続けたまま。今年9月には全アメリカ大陸大会に出場し、来年ブダペストで行われる世界選手権への出場もすでに内定している。

「(五輪で銀メダルを獲得も)不完全燃焼だったからこそ」と北尾さんはいまも挑戦を続けている。

 三者三様。それでも、それぞれ楽しそうに話す姿から充実ぶりは伝わってきた。3人はいまも“現役”として人生を生きているのである。(ジャーナリスト・栗原正夫)

AERA 2016年12月12日号