新薬を商品化するのは、砂漠の中から一つの宝石を見つけ出すようなもの。無数の失敗にバテない体力が、人にも企業にも求められる(撮影/写真部・岸本絢)
新薬を商品化するのは、砂漠の中から一つの宝石を見つけ出すようなもの。無数の失敗にバテない体力が、人にも企業にも求められる(撮影/写真部・岸本絢)
新薬開発に必要な巨額資金を投資家に出してもらうために、世界の製薬大手は規模の拡大と効率化をめざして合従連衡を繰り返す(撮影/写真部・岸本絢)
新薬開発に必要な巨額資金を投資家に出してもらうために、世界の製薬大手は規模の拡大と効率化をめざして合従連衡を繰り返す(撮影/写真部・岸本絢)
高止まりする日本の薬価が決まる仕組み(AERA11月7日号より)
高止まりする日本の薬価が決まる仕組み(AERA11月7日号より)

 約10兆円と言われる国内の医薬品市場。市販薬は約1割にすぎず、大部分は医師が処方する「医療用医薬品」が占める。その値段をどう決めるかが、日本の薬マーケットの将来を左右するのは間違いない。そのメカニズムが今、時代の大波に襲われている。

 空せきが出る。ちょっとの動作で息苦しさを感ずる。肺が硬くなって機能不全を起こす間質性肺炎と診断された男性(73)は、最近の寒さの訪れが気になる。

「人ごみは避けてくださいね。風邪をひいたら終わりですから」

 医師にそう言われている。完治が見込めない病気で「平均余命は5年」とも。

 頼りは1日に2回飲む茶色いカプセルだ。ドイツの製薬会社が開発した「オフェブ」。症状の進行を抑える新薬だ。1錠6574円。

●高い値段に後ろめたさ

 クスリ代だけで月に45万円。診療費明細を見るたび、苦い思いが込み上げる。高額療養費制度などの補助で自己負担は月に数万円で済むが、そんなに高いクスリで命をつないでいる、と思うと複雑な気分になる。膨れあがる医療費や財政負担が頭をよぎり、家族とのだんらんや好きな読書など、静かな暮らしをどこか楽しみきれない。

 高齢者の命を支える新薬は、これからも続々と開発されるだろう。高いクスリが出回れば、次の世代はこの制度を維持できるだろうか。気がかりでならない。

 10月5日、東京・霞が関の厚生労働省で中央社会保険医療協議会(中医協)の薬価専門部会が開かれた。議題は「高額な薬剤への対応について」。この場で「薬価緊急値下げ」が決まった。2年ごとに見直す薬価を途中で改定するのは、前例のないことだ。

 値下げされるのは「オプジーボ」。小野薬品工業などが開発したがん治療薬だ。日本の製薬会社が久々に放った快挙と脚光を浴びたが、1年間使い続けると計3500万円という値段にも注目が集まった。健康保険が適用され、患者の負担はそこまでいかないとはいえ、逆に保険財政を崩壊させかねない、と問題になった。

 オプジーボはどんな薬か。

 小野薬品によると、がんによって免疫の働きにブレーキがかけられているのに対し、そのブレーキを阻害するのがオプジーボの薬効だという。がんの増殖を抑える従来の抗がん剤とは違い、人間がもつ免疫力を存分に機能させてがんを治療する新しいクスリ、という。

 京都大学の本庶佑(ほんじょたすく)・名誉教授の研究室が1992年、免疫を活性化させる分子を発見。99年から小野薬品と製薬化に取り組んだ。米国のベンチャー企業メダレックスの力を借りて製薬に成功した。

 皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)によく効くことが分かり、オプジーボは「悪性黒色腫治療薬」として2014年、承認された。

 高値になった理由は、この一連の経過の中にある。それを明らかにする前に、まず、医師が処方する医療用医薬品の値段がどう決まるのかを押さえておこう。

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