●まず作品を完成させる

 東工大でコンピューターサイエンスを学んだ末永匡さん(36)は、博士課程を中退後、ディー・エヌ・エーなどに勤務した後に渡米。14年、知人と共にサンフランシスコでスマートフォンアプリのWebページ化を手がけるTombo, Inc.を創業し、現在に至っている。

 末永さんは言う。

「大学時代の専門性は、日本で就職するときは直接的な評価につながっていないと感じた」

 キャリア全体でみても、

「自分で具体的に何かを作った経験のほうが身になった」

 と話す。小説家や漫画家を目指す人にとって、まずは作品を完成させることが大切なのと同じことだ、と。

「自分で何らかのプログラムを作って、それを公開して、得られた反響をもとに改善を繰り返す。その一連の経験から得られるものはとても大きい」

 末永さんは、仕事としてだけでなく、個人的にもプログラムを作り、ブログやエンジニアの集まる勉強会などで成果を発表してきた。大規模な実験設備が必要になる他の理系分野と異なり、「ノートパソコン一台と紙と鉛筆があれば独学できる」。

●米国は大学の専門重視

 一方で、

「すごく高度なことをやろうとする場合は、コンピューターサイエンスの学部でたたき込まれた理論的基礎が役立つと感じる」

 という。高度な領域とは例えば、電車の乗り換え検索やカーナビに使われる経路探索問題、大量のデータ処理を高速化すること、暗号通信、プログラミング言語そのものの作成などだ。

 末永さんはこうも言う。

「エンジニアとしてアメリカで働く可能性を考えるなら、コンピューターサイエンスで学位を持っておいたほうがビザを取りやすい、という事情もあるんですよ」

 東京大学大学院で自然言語処理を研究し、博士号を持つ羽鳥潤さん(31)は、12年から、シリコンバレーにあるアップル本社でソフトウェアの研究開発に携わっている。仕事の内容は、いわゆる自然言語処理、コンピューターによる人間の言語の解析や理解に関連することで、

「自分の大学院時代からの専門分野の研究開発を続けていると言っていい」

 大学で培った専門性を生かしてアメリカ企業に就職した羽鳥さんは、日米の違いをこう感じている。

「理系専門職の場合、アメリカの会社では日本より、大学での専門がかなり重視される傾向があると思います。特にシリコンバレーのエンジニア職は、コンピューターサイエンスのバックグラウンドがあることが前提になっていて、そうでないとなかなか採用されない印象がある」

 何をめざし、どこを舞台に働くか。ITエンジニアのキャリアパスは千差万別だ。(ライター・柳澤明郁)

AERA 2016年10月31日号