肺カルチノイドの症状は肺がんに似ているが、進行が遅く自覚症状が出づらい。金子さんも発覚時にはすでに末期で、いくつもの病院からサジを投げられた。

「絶望と憤りの一方で、助からないとみると治療を拒否する医療の現状を目の当たりにして、夫はジャーナリストとして興奮しているようにも見えた」

 妻の稚子(わかこ)さん(49)はそう振り返る。治療を試みてくれる大阪のクリニックにようやく出合い、月1度ほど通いながら、東京では信頼の置ける医師の元での在宅医療を選んだ。

 病と闘いながらも生きがいである仕事を続け、さらに自らの死後の準備を進める夫を、稚子さんは献身的に支えた。そして12年10月、亡くなる前日にも電話取材を受け、最後の最後まで大好きだった仕事をして、金子さんは旅立った。

●公園の桜に救われた

 最愛の人を失った稚子さんだったが、立ち止まっている時間はなかった。夫がプロデュースした葬儀を執り行い、本の出版準備に追われた。悲しむ余裕すらないように感じたが、実際は強烈な悲しみにむしばまれ、不眠や食欲不振に陥っていた。やるべきことをひと通り終えると、人に会うのも億劫になり、突発的に襲ってくる悲しみや怒りに押し潰されそうになった。

 そんな稚子さんを救ったのが、桜だ。夫の死後、一人で迎えた春。近所の公園で芽吹き始めた桜を見ていたある日、べったりと張り付いていた負の感情が、突然体から「浮いた」。

「自然のリズムに身を委ねることで、心がだんだん自由になっていくように感じたのです」

 稚子さんは今、「ライフ・ターミナル・ネットワーク」という活動を始め、終末期から臨終、死後についてセミナーや講演などを行う。専門家の立場から解説する。

「家族など大切な存在との死別後の悲しみを『グリーフ(悲嘆)』といいます。経験したことのない痛いほどの強烈な感情で、精神面はもちろん、肉体的にも影響が出たりします」

●「悲しみの差別」に傷つく

 グリーフは自然な反応だが、その出方や感じ方は人それぞれ。そして、たとえば「人に話す」ことはグリーフを和らげる対処法だが、上から目線で「いつまでも悲しんでいたら故人が成仏できない」と言われたり、悲しみの度合いを誰かと比較されたりする「悲しみの差別」に傷つく人は少なくないという。

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