「焦らず、自分を責めず、心と体を休ませる。強い悲しみから解放される瞬間が必ず訪れると信じてほしい」

 大切な存在は人だけでない。アルピニストの野口健さん(42)は約2年前、17年連れ添った愛ナナを亡くした。

「子猫のころ、駅までついてきて、帰りは迎えに来た。忠犬ハチ公ならぬ忠猫ナナ姫でした」

 25歳のとき、エベレスト登頂に成功し7大陸最高峰世界最年少記録(当時)を樹立。野口さんは、慣れない講演を依頼され、全国を飛び回るようになった。

「激変する生活にヘトヘトになる僕を、ナナだけは何も変わることなく支え続けてくれた」

 結婚し娘に恵まれ、ナナは家族にとって欠かせない存在に。しかし13年、ナナの鼻腔にがんが見つかる。抗がん剤治療など手を尽くしたが、約1年の闘病の末、安らかに眠った。

 野口さんは大きな喪失感に襲われた。講演などはこなしたが、山に登ると悲しみに引き戻される。夢にナナが現れ、寝袋の中で何度となく涙を流した。

「ヒマラヤに登ると目の前で仲間を失うこともあり、死のショックは経験してきたつもりだった。でも、ナナを失うことはまったく違った。胸にぽっかりと大きな穴が開いてしまった」

●ナナが託した「宿題」

 半年ほどたったとき、八ケ岳の山小屋である新聞記事に目が留まった。里親募集の写真に写るナナにそっくりの茶トラの子猫に運命的なものを感じ、すぐ保護施設へ。同じ時期に保護された2匹の子猫とともに、3匹を一緒に引き取った。元気に跳び回る3匹に目を細めながら、ナナを思わない日はない。ナナも3匹も捨て猫だったことから、野口さんは今後、動物の殺処分問題に取り組もうと考えている。

「ナナが僕に託した『宿題』なのかもしれません」

 前出の金子稚子さんは、死後4年近く経った今も、夫がそばにいる感覚がある。

「よく『短い言葉でわかりやすく!』とダメ出しされます」

 と笑う。実は多くの死別経験者が、死後も故人の存在を近くに感じているという。

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