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東電エンジニア 今の仕事は“避難地域の草刈り”も「葛藤はありません」

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AERA#企業#原発
復興推進室 富岡町グループマネージャー高濱房生さん(49)「そんな暗い顔しないで、前向いて頑張っていこうよ――」。避難所で知り合いの女性にかけられた言葉に泣いた。覚悟を決めた瞬間だった(撮影/編集部・野村昌二)

復興推進室 富岡町グループマネージャー
高濱房生さん(49)

「そんな暗い顔しないで、前向いて頑張っていこうよ――」。避難所で知り合いの女性にかけられた言葉に泣いた。覚悟を決めた瞬間だった(撮影/編集部・野村昌二)

 東日本大震災、そして福島原発事故から5年が経った。今、東電社員はどんな思いで働いているのか。取材した。

 大学院で原子力工学を専攻した高濱房生(49)は、エンジニアとして直接、原発を動かす立場にあった。93年の入社から約4年間、柏崎刈羽原発(新潟県)で中央制御室の運転員をした。

 14年7月から、福島復興本社の復興推進室でグループマネージャーを務める。

 復興推進室は、南相馬市、富岡町、広野町など13市町村の自治体ごとに担当が決まっており、住民の帰還に向けた手伝いをする。高濱が率いる富岡町担当は12人のメンバーがいる。

 福島第一原発から20キロ圏内にあり、今も全町避難が続く富岡町。住宅の庭や墓地などは、放置しておくとすぐ草ぼうぼうになってしまう。そうした家屋や墓地の除草や清掃、住宅の片付けなどが今の仕事だ。高濱も、時間が許す限りは現場に行く。真夏の暑さと真冬の寒さは、正直言って体にこたえる。

 技術者にとって畑違いの仕事。葛藤はなかったのか。

「まったくありませんでした。一技術者として、発電所の安全神話にどっぷりつかっていたことに対する責任は忘れられません。今の役割ができるのは自分しかいないと思っています」


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