朝6時に銀行から「返せ」電話 U-NEXT社長 最大の危機 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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朝6時に銀行から「返せ」電話 U-NEXT社長 最大の危機

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U―NEXT社長宇野康秀さん(52)1989年にインテリジェンスを起業。98年、大阪有線放送社(現USEN)の社長に。2014年、動画配信「U―NEXT」がマザーズに上場。社長として3度の上場経験を持つ(撮影/編集部・岡本俊浩)

U―NEXT社長
宇野康秀
さん(52)
1989年にインテリジェンスを起業。98年、大阪有線放送社(現USEN)の社長に。2014年、動画配信「U―NEXT」がマザーズに上場。社長として3度の上場経験を持つ(撮影/編集部・岡本俊浩)

 自ら事業を立ち上げる起業には、何かと悩みもつきものだ。起業家たちからの代表的な質問を、ベンチャー界の“兄貴”U-NEXT社長の宇野康秀さん(52)にぶつけてみた。

■質問1 経営者人生で最大の危機は?

 2008年のリーマン・ショック以降の約2年でしょうね。当時、2社を経営していまして、一つは父親が創業した「USEN(旧・大阪有線放送社)」。もう一つが自分で立ち上げた「インテリジェンス」でした。どちらも上場企業。2社は経営統合をして、インテリジェンスをUSENの子会社化した直後に、リーマン・ショックがやってきた。あれだけの金融危機があると、インテリジェンスは人材サービスの会社ですから、業績は急速に悪化します。株価も大幅下落。USENは子会社株式の減損という形で、その年に500億円の損失が、翌年にも同じくらいの損失が出ました。1千億円を超える特別損失でした。

 会社の営業資金は回ってはいたものの、「今後、経営をどう修正するのか」をめぐってメインバンクから厳しく詰められるようになり、意見が対立することも多かった。最終的には彼らに従わざるを得ない面もあって、子会社を整理し、新規事業を取りやめた。起業したインテリジェンスも、売却することになりました。一度は自分から「一緒にやろう」と集まってもらった仲間たちです。切り離す作業は精神的につらかった。結果的に裏切る形になってしまったわけですから。

■質問2 危機はどう乗り越えた?

 銀行からお金を借りていたので、「返せ」という話になります。これが厳しかった。毎朝6時に携帯電話にかかってくるんです。お前の会社なんか、いつでもつぶしてやるぞと言わんばかりに、連日、言われました。


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