高度成長支えた「1940年体制」 戦後も生き残った理由 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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高度成長支えた「1940年体制」 戦後も生き残った理由

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野口悠紀雄さんのぐち・ゆきお/1940年生まれ。72年、イェール大学Ph.D取得。東京大学教授などを経て、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問(撮影/編集部・宮下直之)

野口悠紀雄さん
のぐち・ゆきお/1940年生まれ。72年、イェール大学Ph.D取得。東京大学教授などを経て、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問(撮影/編集部・宮下直之)

 金融では、政府が金融機関に対し、融資を命令できるようにしたほか、複数の金融機関で共同融資する仕組みなどを整えた。これらにより、戦前は活発だった、株式市場で資金調達する直接金融が減り、銀行貸し出し中心の間接金融が優勢になった。また、賃金統制により、初任給から昇給額まで政府が決めるようになったことで、その後の年功序列賃金や定期昇給の原型になったと考えられている。

 戦後も1940年体制が生き残った理由を、野口さんはこう分析する。

「戦後の復興期と高度成長期には、統制的な1940年体制が経済成長を助けたんです」

 たとえば間接金融をベースに金利規制などを行うことで、資金の流れの統制が可能になった。

 中小金融機関に預金が集まっても、金利を自由に決めることができなければリスクの高い貸し出しは難しい。すると、余った資金は銀行間市場などを通して都市銀行に流れ、都市銀行は製造業や輸出産業などの大企業に融資した。資金を必要とする産業に効率的にカネを回す仕組みが、高度成長を支えたのだ。

AERA  2015年8月10日号より抜粋


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