そんな時、友人に紹介されたのが「中村活字」だった。シンプルでありながら職人仕事ならではの温もりのある活版印刷の名刺。水野はすぐにその虜になってしまった。

「表面に凹凸のある独特の手触り、感覚がたまらなく愛おしかった。懐かしいけれども、どこか新しい。その感覚は僕がのめり込んだカレーの世界とも共鳴する」

 水野をはじめ、活字の名刺に惚れ込んだ人々の「口コミ」が手伝って、中村の元にはデザイナー、カメラマン、ライター、編集者など多種多様な職業人が集まるようになった。中には放送作家の小山薫堂や、工業デザイナーの水戸岡鋭治など著名人も多数いる。

 しかし、中村活字の名刺が「人脈を生む名刺」と呼ばれる所以はこの先にある。中村活字の名刺が縁で、新しい仕事が決まったという人が複数いるのだ。初対面同士が、偶然にも同じ中村活字の名刺を使っていることで意気投合し、ビジネスへと発展したケースもある。

 フリーランスの編集者である小林淳一(42)もその一人だ。小林はある初対面のライターと名刺交換した際、たまたま、そのライターも中村活字の名刺で、それが縁で意気投合。現在も一緒に仕事を続けている。

「ウェブ全盛の時代に、その対極にある何か大切な価値観を共有しているという信頼感、安心感でしょうか」

AERA  2015年6月1日号より抜粋