緑が生い茂り鳥がさえずる、都会の喧騒とは対極の環境。リハビリ期間は45日、費用は約2万ドル(撮影/Erik Keefer)
緑が生い茂り鳥がさえずる、都会の喧騒とは対極の環境。リハビリ期間は45日、費用は約2万ドル(撮影/Erik Keefer)
カウンセラーのヒラリー・キャッシュ博士(Ph.D)。最初にインターネット依存症に遭遇した1994年以来、この問題に取り組んでいる(撮影/Erik Keefer)
カウンセラーのヒラリー・キャッシュ博士(Ph.D)。最初にインターネット依存症に遭遇した1994年以来、この問題に取り組んでいる(撮影/Erik Keefer)

 依存症といえば普通は酒や麻薬を連想するが、今日ではコンピューターやスマホも対象になる。米国にはそのためのリハビリ施設がある。

 米国西海岸ワシントン州。マイクロソフトやアマゾンなどのIT企業が軒を連ねるシアトルから車で30分、インターネット依存症のためのリハビリ施設「リスタート」は、鬱蒼(うっそう)とした森の中にある。

 コンピューター、テレビゲーム、スマートフォンなどの過剰な利用により、生活に支障をきたした人々を収容し、社会復帰させることを目的とする。2009年に設立され、現在までに160人以上のインターネット依存症者を更生させてきた。

 一般住宅を改造した建物は、リハビリ施設というより豪華な別荘という印象。不必要な注目を避けるため、はっきりした看板もない。取材に訪れた時は、10代から30代の6人の男性が滞在していた。ネットにはまり、日常生活が破綻してしまった人々だ。

 ストーリーは一人一人異なるが、共通しているのは常軌を逸した依存ぶりだ。トイレと睡眠以外はコンピューターから離れられなくなった大学生、ポルノ写真数千枚を集めた男性、オンラインゲームに生活の大半を費やし学校をドロップアウトした高校生。彼らは、自分ではどうすることもできず、施設のドアを叩いた。

 バーチャル世界にどっぷりと漬かってきた彼らは、ここでテクノロジーを排した生活を送る。コンピューターはもちろん、スマホ、音楽プレーヤーなどは一切禁止。テレビやラジオさえもない。家族との連絡は、備え付けられた電話ボックスを使用し、文章を書くのは昔ながらのタイプライター、という徹底ぶりだ。

 2カ月近いリハビリ期間中、外の世界との接点は新聞や雑誌だけ。ネットでニュースをチェックし、SNSで友人とコミュニケーションすることが日常化している身には、両手両足を縛られたような感覚だろう。実際、誰もが最低1週間は「禁断症状」を示し、うつ状態になるという。中にはタブレットをひそかに持ち込んだ高校生もいた。

 滞在中は、専門家による心理カウンセリングをはじめ、仲間と体験を話し合うグループミーティング、外に出て自然と触れ合う活動などが行われる。洗濯や食事の支度など、日常の作業は自分たちで行う。

 リスタートの運営者であり、カウンセラーのヒラリー・キャッシュさんのリハビリ方針は、参加者に肉体を動かす感覚を取り戻させ、言葉でコミュニケーションをさせることだ。簡単なようだが、ネットだけが自分の世界だった人々には異体験である。テキストやSNSなどに慣れきっている彼らにとって、ミーティングで自分について語るのは最初の難関だ。自由時間の雑談で、何を話せばよいのかわからず戸惑う参加者もいる。

「彼らに欠落しているのは現実の体験、現実のコミュニケーションです。バーチャルではない現実生活の感覚を取り戻させることが、依存症から脱却する道です」(キャッシュさん)

AERA 2014年7月28日号より抜粋