秀逸すぎる? 吉田茂がマッカーサーに返した言葉 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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秀逸すぎる? 吉田茂がマッカーサーに返した言葉

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 戦後の日本をつくりあげた政治家たちは、時を超えて多くの名言を残している。日本の戦後政治家の筆頭はやはり、容貌や葉巻の好み、ワンマンぶりで「和製チャーチル」とうたわれた吉田茂だろう。

 戦後、外相に就任した吉田は、敗戦時の総理鈴木貫太郎に教えを請い、こう言われた。

「戦争は、勝ちっぷりもよくなくてはいけないが、負けっぷりもよくないといけない」

 戦後処理から憲法制定、講和独立へ。5次にわたる政権を率いて連合国軍総司令部(GHQ)と対峙した吉田の姿勢は、「立派な負けっぷり」に尽きる。

 吉田の言葉によれば、「言うべきことは言うが、あとは潔く従う」態度だ。このためGHQ民政局からは煙たがられ、野党からは対米協調を批判された。だが吉田はひるまなかった。

「権力に左右されるような政治家は、また別の権力が現れた場合には、意気地なくこれになびくものだ」

 戦前は外交官として対華21カ条要求に反対論を唱え、戦時中は和平工作に動いて憲兵隊に監禁された。占領期には阿諛追従(あゆついしょう)を嫌った。講和について何通りもの案を準備させ、責任を一身に背負って、独りで日米安保条約に署名した。

 多くの批判を浴びながら、吉田が親しまれたのは、ワンマンでありながら反骨、自信家でありながら自らを笑う諧謔(かいぎゃく)精神を保ったからだろう。

 吉田はある時、政府統計をもとに、「餓死者が出るから食糧輸入を」とマッカーサー元帥に迫った。「日本の数字はずさんだ」と責められ、こう返した。

「戦前にわが国の統計が完備していたならば、あんな無謀な戦争はやらなかったろうし、もし完備していたら、勝っていたかもしれない」

AERA 2014年7月21日号より抜粋


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