忙しさの正体とは…… (撮影/伊ケ崎忍)
忙しさの正体とは…… (撮影/伊ケ崎忍)

 仕事をしているとつい口に出る「忙しい」という言葉。だがその忙しさ、海外のそれとはまた種類が違うらしい。

 忙しさにかけては、欧米のビジネスマンも負けてはいない。幹部になると、会議は早朝から。日々、数百通のメールが溜まっていく。しかし、同志社大学で組織論や人事管理を研究する太田肇教授は、こう指摘する。

「欧米人と日本人では、忙しさの質が違うのです」

 関東のある精密機器の研究所。業界屈指の実績を誇り、名の知れた研究者も多く所属する。まさに「高実績」を誇る研究者たちは、定時の鐘が鳴った途端、ゾロゾロと席を立つ。次の瞬間、現場のリーダーがつぶやいた。

「評価につながらないから、残業しても意味ないよね」

 人事考課をする管理者は東京事務所で働く。だから残業してもしなくても、その姿を考課者が見ることはない。幸か不幸かその結果、「ノー残業」が職場に定着した。

 ビジネスマンは本来、会社の業績や利益を追求する「経済人」だ。成果主義が浸透する欧米では、営業担当でなくても業績に寄与する「成果」を目標に据える。社員の意識は、その成果を達成することに向かう。

 同じ経済人である日本のビジネスマンの場合はどうだろう。成果主義はなじまなかった。太田教授は言う。

「日本人は、成果を出したいという意識より、頑張る姿を認めてほしいという承認欲求が強い。『承認人』なのです」

 アエラの調査で「忙しいことはあなたを幸せにすると思うか」と質問したところ、「そう思う」「ややそう思う」と回答した人が3割に上った。「残業手当をアテにしているから」という金銭的理由を挙げる人もいたが、こんな回答もあった。

「暇で必要とされていない状況よりマシ」「余計な不安を忘れられる」

 日本人にとって「忙しさ」とは、何かを達成する手段ではなく、むしろ「目的」であり「心のよりどころ」なのか。

「欧米人は、必要とあらば上司が見ていなくても残業する。でも『頑張るアピール』をしたい日本人にとっては、忙しさが時に誇りにもなる。合理化してラクになったら、むしろ困ることもあるのです」(太田教授)

 欧米の職場は一人ひとりの席がパーティションで仕切られる「ブース方式」が一般的だ。自身の仕事に集中できるブース方式のほうが、経済人としての成果を上げやすい。一方、日本の職場の多くは「大部屋方式」。ブース方式が広がった時期もあったが、「コミュニケーションがとりにくい」という理由で、元に戻ってしまった。

 時代は変わっている。単調な作業でも業績につながった高度成長期と違い、今は「考え」「創造する」仕事が求められる。だが、新たな営業戦略を打ち出すために思索に耽(ふけ)っていても、大部屋では「ボーッとしてないで仕事しろ」とツッコまれるのがオチ。社員の「頑張ってるアピール」も、頑張る人を評価する上司も、だから減らないのだ。

AERA  2014年6月30日号より抜粋