夜の東京タワーとカエル。撮影時、臨場感を出すためタオルやマスキングテープも持ち歩く(写真:ウナギトラベル提供)
夜の東京タワーとカエル。撮影時、臨場感を出すためタオルやマスキングテープも持ち歩く(写真:ウナギトラベル提供)
ツアーに出かける前の決起集会に参加するくまこ。旅の前後に待機する大勢のぬいぐるみが日常生活を送る様子が妙にリアルと評判(写真:ウナギトラベル提供)
ツアーに出かける前の決起集会に参加するくまこ。旅の前後に待機する大勢のぬいぐるみが日常生活を送る様子が妙にリアルと評判(写真:ウナギトラベル提供)

 ぬいぐるみの旅行代理店「ウナギトラベル」をご存じだろうか。宅配便で送られてくるぬいぐるみたちが、皇居や浅草などを周遊する様子を主催者の東園絵さんが撮影、リアルタイムでフェイスブックに更新するほか、CDに写真を収めて、ぬいぐるみとともに持ち主に送り返すサービスだ。料金は一日ツアーで2千~5千円ほど。

 東さんは「病気などで旅ができない人が、ぬいぐるみを通じて旅気分を味わいたい需要があるのでは」とこのサービスを開始したと言うが、実際に始めてみると予想外のニーズも見えてきたという。

 カエルの人形を母に見立てて、東京ツアーを体験したのは、奈良県の翻訳家ミチコさん(47)。一昨年、事故で母を亡くした。

「人ごみが嫌いで理屈っぽい。そんな母親と旅行も一緒に行かなかった。亡くなってから、いろいろ連れていってあげればよかったと無念さがこみあげた」

 テレビでぬいぐるみツアーを知り、首の長い母に似たキリンを探しにいったが見つからず、目が合って気に入ったカエルを買い求めた。ぬいぐるみのプロフィル欄には母の性格をそのまま記入した。

「浅草寺で大きなうさぎさんが、カエルをおんぶしている写真が『人ごみでも大丈夫ですよ~』という言葉とともにアップされました。母の死に向き合えるようになったのはそれからです」

 母を想っては気持ちが沈んでいた毎日がすっかり変わった。「カエルをどこに連れていこうかな」と考える。コスモスが咲けば、カメラを持ってカエルの写真を撮りに出かける。お気に入りは背中のショット。母と一緒に景色を見ている気持ちになるからだ。母を想いながら、見つめる方向は未来のこと。

「次は春日大社に行きたいな」

 うつ病療養中にツアーに申し込んだのは、山形県在住の会社員マサミさん(28)だ。東日本大震災の後、連夜の激務が続いた。ある日、職場で涙が止まらなくなり、医者のすすめで2011年の秋、休職した。

 お気に入りの「くまこ」を旅に出したのは13 年の5~6月。東京、伊勢神宮、東松島(宮県)と三つのツアーに参加した。ウナギトラベルの事務所で「待機中」だったぬいぐるみが大勢で出迎えてくれた。「ウェルカプ」と言いながら、噛みついて歓迎してくれるカバの姿も。「フェイスブックでの持ち主同士のやり取りがあたたかい。旅友(たびとも)とご飯を食べ、お風呂で背中を流すくまこを見ていたら、私も人とコミュニケーションを取りたいと思うようになりました」

 休職中は家にこもり、フェイスブックで友人の「幸せそう」な投稿を見るのがつらかった。

「もともと人とかかわるのが大好きだった。くまこの性格を『控えめ』と書いたのは当時の心境だったのでしょうか」

 昨年7月、職場復帰した。(文中カタカナ名は仮名)

AERA 2014年1月20日号より抜粋