煮た牛肉ではなく「焼いた」牛肉を使った新しいタイプの牛丼が、業界を賑わせている。昨年6月に東京・池袋で1号店を開いて以降、1年4カ月で計110店舗を出店。

「元祖 焼き牛丼東京チカラめし」

 牛丼を名乗るが、従来型とは別モノ。東京チカラめしの看板メニュー「焼き牛丼」は、網で焼き、タレで味付けした牛肉がご飯に乗っている。したたる肉汁に加え、網で焼くときにつく焦げ目と香ばしい香りも食欲をそそる。

 思い出すのは、焼き肉屋で味わう「焼き肉のせご飯」だ。タレつきの焼き肉をご飯にのせて頬張る、あの感覚。「煮る」を「焼く」に変えたら、ガッツリ食べたい層にウケた。

 みそ汁付きで290円(一部店舗を除く)という価格も魅力。しかし、なんだかハラハラもする。1年4カ月で100店舗超という出店は、新メニューを浸透させるのに数年かかる飲食業界では異例のスピード。ギアは常にトップに入っている。

 さらに無謀な挑戦にも見えるのが、この業界事情だ。「吉野家」「すき家」「松屋」の御三家で約4千店、9割のシェアを占める。そんな寡占市場に、たとえ100店舗を出店しても、東京チカラめしのシェアはわずか数パーセントだ。先の長い挑戦に、東京チカラめしを展開する三光マーケティングフーズの平林実社長はこう語る。

「我々はまだ『蟻』のようだ」

 しかし9月、その蟻が巨象を動かした。老舗牛丼チェーンの吉野家が、焼いた肉をご飯に乗せた「牛焼肉丼」の全国販売を始めたのだ。

 焼き肉には玉ねぎが添えられ、上品にゴマがまぶされている。したたる肉汁よりも、厚くて存在感のある肉が特徴。価格も東京チカラめしより190円も高い480円と一線を画している。

 大手メディアの取材に対して吉野家は、

「値段設定が異なり、チカラめしさんを意識した取り組みではない」 

 と答えているが、従来の煮るタイプではなく焼き牛肉を使った新商品は、東京チカラめしを追う形になる。大手チェーンの松屋も地域限定で「焼き牛めし」を展開しており、そのシェアとは裏腹に、小さな蟻の存在感は増す一方だ。

AERA 2012年11月12日号