『朝日文庫時代小説アンソロジー おやこ』
朝日新聞出版より発売中

 アンソロジーは、どのようにして作られているのか。編者であるアンソロジストは、何を考えて作品をセレクトしているのか。この原稿の依頼を受けたのを機に、いろいろと書き留めておこうと思う。テキストは、四月に朝日時代小説文庫から刊行された『おやこ』である。

 私が初めて編んだ時代小説アンソロジーは、2000年5月に祥伝社文庫で出版された『逆転』だ。ただし自分の企画ではなかった。祥伝社の編集者から“逆転”というテーマでアンソロジーが作れないかと聞かれ、二つ返事で引き受けたのである。手探りで作品をセレクトし、なんとか作り上げた一冊だ。これで自信がつき、老人をテーマにしたアンソロジーの企画をあちこちの出版社に持ち込むが、どこも返事が捗々しくない。数年後、やっと仲の良かった集英社の編集者がOKを出してくれた。そうして作ったのが『江戸の老人力』である。このテーマは受けると確信していたのは間違いではなく、何度か増刷がかかった。また、タイトルの“老人力”は、赤瀬川原平のベストセラー『老人力』から拝借している。アンソロジーが売れた後、『××力』というタイトルの本が増えたのはご愛敬であった。

 以後、なんだかんだとアンソロジーを作り続け、今年で五十冊を突破する。ここまで冊数があれば、アンソロジストと名乗ってもいいだろう。とはいえアンソロジーを作るのは、いつまで経っても楽にならない。常に頭を絞ることになるからだ。もちろん本書もそうである。

 朝日時代小説文庫では、すでに『情に泣く』『悲恋』という、二冊のアンソロジーを刊行している。『情に泣く』のテーマは“人情”、『悲恋』のテーマはタイトルそのまま“悲恋”である。そして本書『おやこ』のテーマは“親子”だ。どれもアンソロジーのテーマとしては、ストレートなものである。それだけに、セレクトした作品でどうバリエーションを出すか考えた。たとえば親子ならば、父親と息子、父親と娘、母親と息子、母親と娘、の四パターンに分けられる。この点に注目して収録された七編を見るとこうなる。

池波正太郎「つるつる」 父親と息子
梶よう子「二輪草」 父親と息子
杉本苑子「仲蔵とその母」 母親と息子(養子)
竹田真砂子「木戸前のあの子」 父親と娘(疑似的な関係)
畠中恵「はじめての」 母親と娘
山本一力「泣き笑い」 父親と息子
山本周五郎「いさましい話」 父親と息子

 いささか、父親と息子の話が多いが、面白い作品を優先していたらこうなった。それでも四パターンがきちんと揃っていることを、理解してもらえるだろう。また作家も男性三人、女性四人でバランスを取っている。

 さらに違う読み味の作品を並べるように注意している。「つるつる」「いさましい話」は武家、「二輪草」は浪人、「泣き笑い」は下町の庶民と、親子の立場にバリエーションを出してみたのだ。「つるつる」の美しい親子関係の後に、親子関係の危機を抉った「二輪草」を置くなど、順番にも留意している。また、「いさましい話」は、藩政改革に邁進する若き藩士の颯爽たる活躍の裏に、親子の物語があることがラストで判明するという技巧的なストーリーだ。オーソドックスなテーマだからこそ、読者が飽きないように工夫しているのである。

 それは「仲蔵とその母」や「木戸前のあの子」にもいえる。「仲蔵とその母」は、本書で唯一、実在人物を主人公にした作品だ。しかも血の繋がっていないことにより、母親が息子に抱く感情が複雑なものになっている。「木戸前のあの子」になると、疑似的な親子関係を扱っており、通常とは異なるテイストで親子が活写されているのだ。このように、全体のバランスを考えて作品をセレクトする時間は、苦しくも楽しいのである。

 その他、作家のネームバリューも視野にいれている。というのも時代小説は、ミステリーやSFとは違い、マニアが少ないからだ。したがって、埋もれた作家の珍しい作品を収録しても、あまり話題にならない。まあ、分かっていながら、たまに珍しい作品を収録することもあるが、朝日時代小説文庫では自分の趣味を封印した。ビッグ・ネームや人気のある作家に限定しているのだ。

 などと、いろいろアンソロジストとしての胸中を吐露したが、結局のところは作品が面白いかどうかだ。この点だけは絶対の自信がある。星の数ほどある短編の中から厳選した本書を愛読してもらえるなら、これほど嬉しいことはない。