5月号コピーライター 川上徹也 Kawakami Tetsuya自分だけの「言葉の木」を息づかせる (1/2) |AERA dot. (アエラドット)

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5月号
コピーライター 川上徹也 Kawakami Tetsuya
自分だけの「言葉の木」を息づかせる

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 あなたは、喋っていて「自分の言葉が軽いな」と思うことありませんか?

 私はあります。

 生半可な知識しかないのにわかった風に喋っている時、仕事で「心の底から納得していないこと」を相手に伝えてやってもらわなければならない時、「自分がきちんとできないこと」について滔々(とうとう)と語っている時、など特にそう感じます。

 そもそも言葉の「重い」「軽い」とはなんでしょうか?

 難しい言葉だから「重い」、幼稚な言葉だから「軽い」などということはありません。言葉は、それを発する人間と深く結びついているからです。

 以前、ある総理大臣が施政方針演説で「マハトマ・ガンジーの7つの大罪」について語ったことがあります。

「理念なき政治」「労働なき富」「良心なき快楽」「人格なき教育」「道徳なき商業」「人間性なき科学」「犠牲なき宗教」。


(更新 2018/5/ 1 )


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