「さよなら五分」から漂う詩的なセンス 驚くほど前衛的な戦前の「尖端語」とは? 〈BOOKSTAND〉|AERA dot. (アエラドット)

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「さよなら五分」から漂う詩的なセンス 驚くほど前衛的な戦前の「尖端語」とは?

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『戦前尖端語辞典』平山 亜佐子,山田 参助 左右社

『戦前尖端語辞典』平山 亜佐子,山田 参助 左右社


言葉には流行り廃りがある。つい先日まで耳にしていた流行語が死語扱いされることもあれば、現在に至るまでしっかりと根づいたワードもある。言葉の持つ意味を紐解けば、時代背景や人々の生活様式が見えてくるのではないだろうか。そこで今回ご紹介したいのが、平山亜佐子氏(編著)と山田参助氏(絵・漫画)による『戦前尖端語辞典』(左右社)。戦前の流行や風俗がありありと立ち上がってくる約300語が収録された辞典風の1冊だ。


「戦前尖端語」といっても、どのような単語が該当するのかパっと思い浮かばない人がほとんどのはず。それではさっそく、冒頭に収録された山田氏の「尖端画報」の中で描かれたセリフからピックアップしてみよう。


「ガッカリアイエン子が近頃すっかりデスペレートなのはそのエルが羅漢様だからなんですって?


そうなんだ全くとんだゲシュペンシュテルなんだよ」(本書より)


何を言っているのかさっぱりわからない。しかし戦前生まれの古臭さを漂わせつつも、どこか現代流行語の構造に似た響きを感じる気も。なお上記の会話をわかりやすく解説したセリフが、以下の内容となっている。


「既婚者=ガッカリアイエン人 つまり結婚した友人のあだ名が『アイエン子』さんだ。その恋人(エル)が全然働かず(羅漢様)彼女は絶望してる。ゲシュペンシュテルは怪物。つまり友達がとんでもない男と結婚したってことだな」(本書より)


戦前尖端語のイメージを掴んだところで、同書に収録された他の単語も紹介したい。たとえば「円婚」は90年近く前の「婚活事情」から生まれた尖端語。東京市で昭和8年4月から始まった結婚紹介所の手数料が1円であり、「円婚」という言葉ができたようだ。ちなみに昭和8年当時の1円は今の2000円くらいに相当し、解説内でも「かなり格安なサービス」と記されている。


恋愛映画のタイトルと間違えそうな「さよなら五分」は、なんと編上靴(あみあげぐつ)に対する皮肉の言葉。いったい何が皮肉かといえば、編上靴はいちいち紐を結ばなければならない。つまり「さよなら」とお辞儀してから紐を結び終えるまでの時間を指しているのだ。確かに別れの挨拶をしてから靴を履いている間の気まずい雰囲気は、なんとも表現しがたいもの。戦前から今に至るまでそんな独特な空気感は変わらず、同書でも以下のように解説されていた。


「手持ち無沙汰な時間はいつの時代にもある。ホームで電車に乗る友人を見送るとき、手を振ってみたもののなかなか発車しないなんてときも『さよなら五分』の時間といえる。皮肉とはいえちょっと詩的である」(本書より)


「さよなら五分」のように現代でも通用する表現があれば、使いどころを間違えてはいけない尖端語も。それが「良人」や「夫」を指す、「Husband」の頭文字を取った「エッチ」だ。つい卑猥なイメージを抱いてしまうが、解説によれば「性的にいやらしい人」を表す「エッチ」(Hentaiの頭文字)は昭和25年頃から言われ始めたとされている。また、性交の意味での「エッチする」という表現は、1980年代以降に明石家さんま氏らが広めたという説も。


「いずれにしても、夫を意味する『エッチ』とは別の語源であり、現代日本で若い女性に『貴方の理想のエッチは?』なんて尋ねようものなら、セクシャルハラスメントとして問題になること必至である」(本書より)


思わずクスっと笑ってしまったのは、現代に生まれた単語と紹介されても違和感のない「わしゃつらい」。たった6文字の尖端語ながら、言葉が持つ意味合いとユニークさが同時に伝わってくるのではないだろうか。それだけ現代人のセンスに通じていて、戦前の日常を過ごしていた人々の前衛的な発想力に驚かされるばかりだ。


「苦しい、困難であるという意味の『つらい』は、痛々しいとか、見ていられない、困ったという意味でいつの時代でも若者によく使われるようだ。現代でも『つらたん』『つらたにえん』、同じような意味で『しんどい』(「心労」からきた語で、関西地方の方言)という言い回しが話題になった。大してつらくないときに用いられるのも特徴である」(本書より)


普段からふとした拍子に口をついて出る流行りの言葉でも、その由来や発祥を調べる機会はなかなかない。有名人が流行らせたフレーズもあれば、若者の間で広がった略語など流行語誕生の経緯はさまざま。同書に収録された「音痴」や「ツンドク」(現代の「積読」)のように、実は戦前から使われていた単語も存在するほどだ。戦前という時代を生きた人々に思いを馳せながら、尖端語が持つ奥深い魅力にぜひ触れてみてほしい。


(記事提供:BOOK STAND)

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