近年、耳にすることが多くなったアロマテラピーやハーブ。これらは「海外のもの」、というイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。しかし日本にも、世界のハーブに負けない、古来より伝わる香りや薬効、いわゆる「和ハーブ」があったのだそうです。



 書籍『8つの和ハーブ物語』には、和ハーブが育くまれてきた背景についてこう記されています。



「日本は島国であり、母たる海に囲まれた環境に育つ植物の恩恵を受けられる土壌があります。過度な文明や情報に侵されていなかった日本人たちは、植物の恩恵を当たり前のように心身に摂り入れてきたのです」(同書より)



 そもそも「和ハーブ」の定義とは、日本にある有用植物のうち、在来種として自然にもともと生えているもの、あるいは外来種だが生活などで広く利用された歴史の長いものを示すのだと、同書ので、和ハーブライフスタイリストの平川美鶴さんはいいます。



 たとえば、日本固有種の柑橘である「タチバナ(橘)」。タチバナは、「右近の橘 左近の桜」というように、ひな飾りの時、お内裏さまとお雛さまの左右に添えられている樹木として有名ですが、500円硬貨の数字の左右に描かれている植物もまた、タチバナの枝葉と果実。



 そして日本の歴史上、文書に記録された最も古い薬が、このタチバナであったのだと平川さんは指摘します。実際、タチバナには、ビタミン・ミネラル・フィトケミカル類やノビレチンが豊富に含まれており、強い抗酸化作用があるために、老化や生活習慣病の予防効果が期待できるとのこと。



 同時にタチバナは、その優れた滋養面と共に、香りの面でも古くより親しまれてきたのだそうです。『古今和歌集』に「五月待つ 花橘の 香をかけば 昔の人の 袖の香ぞする」という歌があるように、ここではタチバナの香りが昔の恋の思い出へと記憶を誘い、元恋人に慕情感じている様子が謳われています。



 しかし、なぜタチバナの香りに昔の恋を思い出したのでしょうか。その背景には、当時の衛生事情があったのだと平川さんはいいます。



 お風呂に頻繁に入るわけでもなく、トイレも同じ室内にあったという当時の衛生事情。部屋はもちろん、身体からも臭いは漂ってしまうことに。そこで用いられたのがタチバナ。におい消しとして、恋人と逢引するときには、タチバナの果実に穴を開けて紐を通した「タチバナ・ブレスレット」を身につけていたのだそうです。



 ちなみにタチバナは現在、絶滅危惧種になっており、高知県土佐市の300本ほど、静岡県沼津市に80本ほどを残すのみになってしまっているといいます。



 本書では、タチバナの「香」にはじまり、「酒」「浴」「紙」「茶」「粧」「食」「薬」といったテーマから、和ハーブに注目していきます。日本古来の和ハーブの持つ力。その歴史と魅力に触れてみてはいかがでしょうか。