中国東北部で過ごした自らの少年時代を振り返って描いた絵画を手にするちばてつやさん(撮影・工藤隆太郎)
中国東北部で過ごした自らの少年時代を振り返って描いた絵画を手にするちばてつやさん(撮影・工藤隆太郎)

──いえ。僕があの方について取材したのは、ご本人が亡くなってからです。お会いしてたら怖くて何も書けなかったかも。

「会って話をすると優しい人なんですけど、ちょっと見た目がね。180何センチある人だし。ガキ大将がそのまま大人になったような人でした。はじめは、原作がよくわからない時なんか電話して会って、これどういう意味なんて話したんですよ。あんまり考えてないのよ、深くはね(笑)。だけど私がしつこく質問するから彼も一緒に考えてくれて、それで話が醸し出されていくという、うまい動きができた時期もあったんです。でも梶原さん、どんどん忙しくなっちゃって。ひとつひとつの原作に、あまり力が入らなくなっていった。

 それは、作家としての彼が一番辛かったことじゃないかと思う。だから後のほうは勝手にやらせてもらいましたけど、それだって一緒に培ってきたものを発展させた結果ですから。あの人と組んで本当によかったと、今は思う。終わった後、彼は『いいラストにしてくれた』って、私の手をギューと握ってくれた。痛かった(笑)。私はジョーを越えたいんだけど、なかなか越えられないね(笑)」

──ラストシーンは原作にはない、ちばさんのオリジナルでした。白木葉子のジョーへの愛の告白も、ですか?

「私は、原作を読む限りでは、彼女の気持ちが理解できなかった。ただ、わかりやすく言うとね、梶原さんは白木葉子みたいな、深窓の令嬢タイプがお好きなんですよ」

──ああいう、ツンとした女が。

「そうそうツンデレが。私にはよくわかんない。それで下町の乾物屋の紀子を出しちゃった。でも最後のほうで、カーロス・リベラを連れてきたとか、振り返ってみると、葉子はジョーが大好きなんだな、とわかってきて」

 先に述べたエッセイ集の取材で、ちばさんは、「今、なんかこう大ーきな渦があって、私たちはその縁(ふち)の方にいるんですよ。まだね。でも渦なんだ。中に入っちゃったら、誰がどうしようが出られない。そこへ入っていく、スパイラルになって、自分から。そういうことにならないように──」と語っていた(拙著『失われたもの』所収)。折しも集団的自衛権の行使を容認した「安全保障法制」が施行されて間もない頃だった。

 それから7年。政権は変わったが、軍靴の響きはますます高まっているように、私には感じられてならない。ちばさんの認識を知りたいと思った。

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