ジーン・ロバーツ。1994年11月にマンハッタンの自宅を訪ねた時の写真。ジーンは現在もこのアパートに住み、「90歳になったが、頭脳は明晰」(ティム)
ジーン・ロバーツ。1994年11月にマンハッタンの自宅を訪ねた時の写真。ジーンは現在もこのアパートに住み、「90歳になったが、頭脳は明晰」(ティム)

『米露諜報秘録』のあとがきは、ジーン・ロバーツの話から始まっている。ジーンは、『ゴールズボロ・ニューズ=アーガス』というノースカロライナ州東部の発行部数わずか8000部の新聞で『ウエインぶらぶら歩き』というコラムをもっていた。

 このあとがきを読んで私はとても温かい気持ちになった。ジーンはその小さな新聞社で目の見えない老編集長に、原稿を読んで聞かせている。他の記者で、かきぶりがまだるっこしかったりするとその老編集長は机を叩いてこう言うのだ。

「わしにはそいつが見えんぞ。見えるようにしてくれ!」

 ジーン・ロバーツは1993年に『第四の権力賞』を受賞した時のスピーチでこの小さな新聞のことと、私のコロンビア時代に書いた論文のことに言及してくれていた。

 盲目の老編集長からジーン・ロバーツへ。ジーン・ロバーツからティム・ワイナーや私へ。

 編集者は、書き手の人生に影響を与え続ける。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文藝春秋)など。

週刊朝日  2022年8月12日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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