鋭い批評で有名なコラムニスト小田嶋隆さんに、短編小説集『東京四次元紀行』(イースト・プレス 、1650円・税込み)に関するインタビューを申し込んだのは、亡くなる2日前。その時、担当編集者の説明では、痛み止めの薬で眠っていることが多いということだった。
「これが最後の仕事になるかもしれない」と思ったという妻のミッカさんに、本書の感想と、聞きたいことを綴った手紙を送り、それを枕元で読み上げてもらった。それが亡くなる前日のこと。そのやりとりを記したメモが、訃報の後に届いた。
ミッカさんは「なかには意味不明なところもありましたが、行きつ戻りつしながら答えようとしていました」という。
「(長年)小説は、果たせなかった願望でした」
本書は、小田嶋さんにとって最初にして最後の小説集となった。あとがきに<登場人物のキャラクターを変更してみたり、風景や街の描写に工夫を凝らしたり、時代設定を考え直したりする作業は、実際にやってみると、子どもが積み木で遊ぶような、楽しい仕事だった>と記している。
初めてとは思えない完成度で、特に冒頭の「残骸──新宿区」は、<私>を起点に記憶の底にある人たちとのことを綴った実話のようにも読める。
構成も手練れだ。20代後半に<私>が繁華街で出会ったチンピラから、その内縁の妻、その娘へと、数珠つなぎのように主人公の姿を切り取っていく。1980年代によく読まれた米国の著名コラムニスト、ボブ・グリーンを思い起こさせるところもある。視点は客観的ながら、情感のある文体が独特だ。
「(東京23区をそれぞれの舞台にしたのは)そこしか知らないから」
悪たれたちが夏休みに浅草の花やしきを目指す「ギャングエイジ──台東区」では、仲間からはぐれてしまった少年が、<爺さん>に呼び止められバス賃を拝借する。二十数年して、その場所を訪ねてみる話だが、台詞のやりとりから街の風景が浮かびあがる。