2月27日、北朝鮮が今年8回目のミサイル発射を行った。ウクライナ戦争に世界の関心が集まる中、ミサイル実験で米国の関心を引くのが目的だと報じられているが、私はそのことよりも、今回のウクライナ紛争によって、北朝鮮の非核化が一段と遠のくことを心配している。

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 この点を理解するうえで大事な国際合意がある。そう言うと、ミンスク合意のことだと思うかもしれない。この合意は、ウクライナ東部で2014年から続くウクライナ軍と親ロシア派武装勢力の紛争について、停戦と和平への道筋を定めたものだ。ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの首脳によるもので、ウクライナ東部での包括的な停戦とドネツク・ルガンスク両州の一部地域への自治権付与が特に重要な内容となっている。ロシアは、ウクライナがこの合意を守っていないと非難してきた。

 一方、ミンスク合意ほど有名ではないが、実はもう一つ重要な合意、すなわち、ブタペスト覚書がある。特に、金正恩氏から見ると、こちらの方がはるかに重要度が高い。

 この覚書は、ウクライナ、ロシア、アメリカ、イギリスが1994年12月に結んだものだ。ウクライナがソ連崩壊時に国内にあった核兵器を放棄する代わりに、同国の主権を尊重し、武力行使や威嚇をしないと定めた。ウクライナがソ連崩壊時に核兵器を保有していたことを忘れてしまった人が多いようだが、同国は、既に保有していた核兵器を放棄した非常に珍しい国の一つなのだ(もう一例、南アフリカがある)。

 ウクライナから見れば、今回のロシアの行動により、貴重な核兵器保有国としての立場を自ら放棄して得た主権の保証がものの見事に踏みにじられたということになる。ブタペスト覚書違反であることは明白だ。

 ここまでの話を聞けば、北朝鮮が何を考えるかは容易に想像できるだろう。

 核を放棄したウクライナが、その見返りとして得たブタペスト覚書。米ロ両大国が入って結ばれたものだから、当時としては、最も強力な合意のはずだった。ところが、今回のウクライナ戦争では、この合意は何の意味も持たず、ロシアのウクライナ侵略を止めることは出来なかった。この事実は、北朝鮮にとっては特に重い意味を持つ。

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古賀茂明

古賀茂明

古賀茂明(こが・しげあき)/古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『分断と凋落の日本』(日刊現代)など

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「核の脅し」使ったプーチンを見ている金正恩