高田万由子さん
高田万由子さん

 創刊100周年を迎えた週刊朝日にゆかりのある、時代を築いた人たちに、“その時代”と“これから”を思う存分に語ってもらいました。今回は女優・タレントの高田万由子さん。◆表紙(1991年7月26日号)

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 大学生時代に雑誌の読者モデルをやりたいと思っていたころ、「週刊朝日」を愛読していた母から、表紙の女子大生モデルを募集しているから応募してみたらと勧められて応募したのがきっかけです。篠山紀信先生に撮影していただいた私が表紙の号が発売されると、写真を見た父が「撮り直してもらえ」と言いだしました。ドレスの胸元が開きすぎていると怒るのです。父はご近所の目に触れさせないように、近くの書店で50部くらい買い占めてしまったんです(笑)。

表紙(1991年7月26日号)
表紙(1991年7月26日号)

 この表紙が私の運命を変えるとは思ってもいませんでした。当時は、将来は外交官になりたいと思っていて、芸能の仕事は学生時代だけのアルバイトと考えていました。ところが、撮影していただいた写真を確認するため篠山先生の事務所に行ったとき、たまたまいらっしゃったミノルタ(現・コニカミノルタ)の方に、私を引き合わせてくださったんです。その方はCMに出演する新人を探していて、篠山先生が「ここに候補がいるよ」と私を推薦してくださりました。すぐに採用が決まって、CMに出演。気づいたら芸能の仕事をするようになっていました。

 もしも、それまでのどこかで私が「それはできません」とお断りしていたら、今の自分はなかったと思います。出会いの先に道はあると信じている。だから私は今でも、オファーがあればできる限り断らない生活をしています。断ったら、その先にあるかもしれないチャンスもなくすことになると思うからです。

 もちろん、私の場合はたまたますべてのことがうまくいったと思いますが、断らずにチャレンジしたから自分の道を見つけられたわけです。今の若い人たちにも「やったことがないからやらない」ではなく、開かれた道は進んでみてほしい。

 実は私の娘も大学生だった2年前、週刊朝日の表紙モデルに応募したんです。残念ながら、新型コロナの感染が拡大中で表紙撮影は中止になり、実現はしませんでした。もう大学を卒業してしまったので、母娘で女子大生表紙に出演するという機会はなくなりました。でも娘には自分の目指す道でチャレンジしてほしいと思ってます。表紙のチャンスを失ったことがきっかけで、別の道が開けるかもしれないと私は前向きに思っています。

高田万由子(たかた・まゆこ)/女優・タレント。1971年生まれ。東京大学在学中に週刊朝日の表紙モデルを務め、芸能界デビュー。知性派タレントとしてさまざまな番組に出演する一方、女優としても活躍。夫はバイオリニストの葉加瀬太郎

週刊朝日  2022年2月25日号