横尾忠則
横尾忠則

 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、夢について。

*  *  *

 ある時、伊達政宗が僕の夢枕に立ちました。宮城県の仙台の近くにある秋保温泉の旅館に泊った夜です。旅館に面して名取川が流れています。川の両岸には深い樹木や巨石が川面にせり出すように見事な渓谷を形づくっていました。僕は川の中央の水面に立っています。頭上には赤い鉄製のアーチ型の橋が渡されています。その時、川の下流から黒い影のような物が水面を飛ぶように駆けてくるのが見えました。それが段々僕の方に向かって近づいてくるのです。見ると、それは黒い馬に乗った黒ずくめの鎧兜に身を固めた武士でした。馬が蹴散らした水しぶきがバサッと僕の顔に飛び散って馬は止りました。馬上の武士の目と僕の目が合いましたが、兜の下の顔は黒い眼帯をした独眼でした。

 僕は思わず、「お前は一体何者だ?」と問おうとした瞬間、武士は「ダテマサムネ」と名乗りを上げました。夢はそこで終ってしまいました。

 翌朝旅館の女将にこの夢の話をすると、彼女は驚いた顔をして、「伊達政宗はここの湯を好んでよく来られたという記録が残っています。400年前の話です」と語った。何の縁もゆかりもない伊達政宗がどうして僕の夢枕に立ったのかは不明です。

 もうひとつ、次はブラジルのパンタナールという本州がスッポリ入るほどの大湿原帯に旅行した時の話です。粗末なバンガロー風の平屋のホテルに泊った時です。深夜遅く、部屋に通されるなり、僕はベッドにもぐろうとしました。と、その時です。ベッドの上あたりに、黄と赤の縞模様のニット帽をかぶった頬(ほほ)のこけた茶褐色の肌の老人の顔が浮かんでいました。

 次の瞬間、その老人が僕の意識に語りかけてきました。「ようこそ、私達の土地へ。あなたを歓迎いたします。私はこの土地にかつて住んでいた精霊です。あなたの旅行中の安全を私達はお護りすることをお約束します」と丁寧な言葉で僕の意識に語りかけたかと思うと、次の瞬間フッと消えてしまいました。「怖い」という感覚は全くなかった。むしろ不思議な多幸感に守られて、この夜はグッスリ眠れました。翌日地元の博物館を訪ね、本当にこの土地にインディオが居住していたかどうかを調べました。そして、そこで昨夜の精霊と同じようなニット帽をかぶっている男達の古い写真を見つけました。

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横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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