「39 ―刑法第三十九条―」(c)光和インターナショナル/松竹
「39 ―刑法第三十九条―」(c)光和インターナショナル/松竹

「のちにオファーをいただくときに、『「そろばんずく」みたいにはなりませんよね?』と言われたこともありました(笑)」

 しかし、それこそが森田芳光らしさなのではないかと三沢さんは言う。

「時代より早すぎることがよくある点と、ひとつの作品に全て出し切るので、同じことを続けてはやらないのも彼の本質です。俳優さんに関しても同じで、『蘇える金狼』などでハードな役柄のイメージが強かった松田優作さんに『家族ゲーム』では家庭教師役を、というように、それまでと違う雰囲気に演出するのも好きでした」

 女優の鈴木京香さんは、89年に石田純一さん主演で公開された「愛と平成の色男」が女優としてのデビュー作となった。当時、地元の宮城から東京に通ってモデルの仕事をしていた鈴木さん。オーディションを受けた当時のことをこう振り返る。

「オーディションは初めてでしたが、森田監督は私が緊張して身がすくんでしまうことがないように、明るくやさしく、とてもフレンドリーに接してくださる方でした」

 それから10年。押しも押されもせぬ大女優となった鈴木さんは、「39 −刑法第三十九条−」の主役として森田作品に帰ってきた。

「樹木希林さん、岸部一徳さんといったベテランの方々に、やってほしいしぐさやセリフの言い方、衣装の着方などを監督自らが事細かに伝え、大先輩であるみなさんがそれをきちんとこなされていたのがとても印象的でした。はっきりとした場面のイメージが、頭の中で全部できている方という印象です」

 緻密に練り上げられた構想に基づいて撮影に臨んだためか、森田作品は同じシーンでの撮り直しが極端に少ないと言われた。前出の三沢さんはこう語る。

「真面目な性格でしたから、予算とスケジュールをオーバーしたことはほぼありませんでした。編集が頭にあってその逆算で撮るので、余分なカットは回さず、回すまでの空気を完璧にして、完璧なところで一回撮る。『キャストとスタッフの雰囲気を本番で最高潮に持っていくのが監督の仕事だ』と言っていました」

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