塩見三省さん (撮影/写真部・高橋奈緒)
塩見三省さん (撮影/写真部・高橋奈緒)

 引っ越し後、東京に出たのはこの取材が初めて。時間が読めず、取材現場には予定の1時間以上も早く着いてしまった。

「引っ越しをしたことで、生活の中に余白が生まれた感じはしますね。以前だったらタクシーで10分もかからない場所まで、家から1時間以上かけてたどり着く。でも、車窓から外の景色を眺めながら、今の時代には効率的でない生産性のない“時間の余白”が、私には真っ白で大切な時のように思われて、自分にいい作用をしてくれるんじゃないかと思った。私にとって、東京って何だったのかなとも考えたけど、東京でなかったら、病気になってもここまで復活できなかった。東京じゃなかったら、この本も書けなかっただろうし。だから、東京にはいろんな感慨があるけど、それは全部、8月20日にあのベンチの上に置き去りにして(笑)。今、私は新しい自分に出会えたような気がしているのかもしれない」

(菊地陽子 構成/長沢明)

塩見三省(しおみ・さんせい)/1948年生まれ。京都府出身。舞台を中心に活動を始める。91年、映画「12人の優しい日本人」を機に映像にも進出。主な出演作に映画「Love Letter」(95年)、「アウトレイジ ビヨンド」(12年)、連続テレビ小説「あまちゃん」(13年)など。14年に病に倒れるも、17年、映画「アウトレイジ 最終章」で復活を果たし、第39回ヨコハマ映画祭助演男優賞を受賞。

週刊朝日  2021年10月8日号より抜粋