そのP子が最近、急におしゃれになって、化粧も着るものも、毎日、おやと、目を見張らされていたので、ついに出逢いがあったのかと喜んでいたら、何とまあ、つれてきたのは、流行病でした。熱が出て寝こむこの病気は、目下、国じゅうに駈け廻っていますが、まさか、仏さまのいらっしゃる寂庵には入って来ないだろうと、タカをくくっていたら、何と一番若くて魅力的なP子に取りついたかと見ると、あとは年齢など無視して、九十九歳の私までに、あっという間にうつってしまいました。ひとりで寂庵に眠る私が危険だと、一人ずつ交替で泊ってくれていたのが、誰も来られなくなってしまいました。

 私は夜ひとりになるのは、少しも怖くないのですが、通いでつとめてくれている彼女たちは、もしものことがあれば、自分たちが世間から叩かれると、おびえています。九十九年も長生きして、その間に、「世間」というものから、どれほど、叩かれてきたかしれない私は、百歳前の今になって、「何でも来い!」と、強気なもので、怖いものなど、何ひとつなくなりました。死ぬことだって、「速く来い、来い」と待つばかりです。

 それでも、スタッフのひとりが欠けると、寂庵の歩みがたちまち、がたがたになることがわかり、目下四人が通ってくれているのが一人でも欠けたら困ることがしみじみ身にしみました。悪い風邪にかかったP子は、入院させたら、もうよくなって、明日は退院すると、元気な声でさっき電話が来ました。

 それにしてもヨコオさんも、昔からよく入院しましたね、でもあの堂々とした奥さんに守られている以上、ヨコオさんは、絶対、百歳を越えますよ。大体昔から、絵描きの天才は、長生きばかりですものね。でも暑さには負けずに今年の夏もお元気で……。

またね。

週刊朝日  2021年8月20‐27日号