「しかし、毎日三食これじゃ、飽きるよね。すぐに食べられなくなっちゃった。すると、その場で捨てるんだ。コロナ患者の弁当だから、たとえ手つかずでも捨てるんだね。ますます滅入って、気力がなくなって、ただ病室の白い壁をぼんやり見ていた。それでも病院ではかみさんに、『食欲もあり、お元気ですよ』って連絡してくれていたらしい。コロナ陽性者が元気も何もあったもんじゃないと思うけどさ」

 そのころ、りんごが食べたいと言ったら缶詰のりんごが、続いて洋梨や桃の缶詰が食事に出た。

「だけど、そんなものばかり食べて、体も動かさないでしょう。ひどい便秘になっちゃってその苦しさったらないね。そのうちに、足が動かなくなった。筋肉が衰えて脚も腕もブヨブヨ。3歩先にトイレがあるってわかっていても、その3歩が歩けない。何かにつかまろうとしても腕に力がないからそれもできない。これまた苦しみだった」

 そんななかで、心がけたことが一つ。主治医の目を見て話すことだ。防護服で顔をおおっていても、声はわかる。

「先生の目をじっと見つめたよ。俺の先がないと診れば、先生はきっと話すとき目を逸らすと思ったんだ。そしたら、先生も俺の目を見る。いつまでたっても、目を逸らすことがなかったので、俺は助かるのかなと」

 些細なことにも希望をつなぎ、コロナからの回復を願った。隔離何日目か定かではないが、小さな錠剤が処方された。

「トランプ前大統領も飲んだ、って聞かされたね。高齢だし、糖尿病と腎臓の持病があるので、先生のほうが神経使ったと思うよ。日に3度のインスリン注射も欠かせなかった。おかげで、便秘と足以外は不安がなくなったから、もういいでしょうって言ったんだけど、まだ肺に影がありますって。結局、隔離病室を出たのは3週間後でした」

 一般病棟に移ってから、ようやくなぜ感染したのか、これからどうしたらいいのか、思いをめぐらす余裕が出てきた。

「感染は、ちょっとの油断からだね。コロナがニュースになり始めたときから、家と寄席の往復だけ。緊急事態宣言に関係なく、寄席から帰れば玄関で着物脱いで、アルコールをこれでもかというくらいスプレーしてた。ところが、楽屋でマスク外してたんだ。それがいけなかったんだね」

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