不安だったのは、噺を覚えているかどうかより、自力で歩いて高座に上がれるかどうかだった。正座ができなくなったら、噺家も終わりだと常々思っていたから不安に駆られた。病室で理学療法士の指導を受けながら、屈伸や足踏み、歩行訓練を少しずつ始めたが、これで大丈夫だろうか、という不安は去らない。

「生きて帰れるとは思わなかった」という自宅へ帰ったのは入院から2カ月が過ぎた3月15日。玄関のたった30センチほどの段差が上がれず、ショックだった。それからは、病院にいたときと同じように屈伸体操や、ペットボトルを持っての腕の上下、歩行訓練などを続けた。疲れるとテレビで時代劇と大相撲観戦。

相撲の照ノ富士に力をもらったね。大関だったのが序二段まで落ちて、また巻き返したでしょ。俺も頑張らなきゃって励まされたね」

 4月下旬、3回目の緊急事態宣言が出されたが、それについて、加藤官房長官は定例会見で「ヨセキを含む劇場等に対し無観客開催を要請して……」と発言。寄席をヨセキとしか認識しない長官に、多くの噺家や関係者はショックを受けた。

「寄席の経営者はやってらんないよ。昼夜で出演者は約40人、お客さんは10人くらいしか入らない。この席料を寄席と出演者で半々にするんだから、経営が成り立つわけないやね。補償をしっかりしてもらわないことには」

 休業・入場制限により、苦境に陥っている寄席定席を支援するため、5月中旬から落語協会と落語芸術協会が手を組み、都内5カ所の寄席への寄付金を集めるクラウドファンディングを受け付け、ファンからの支援が集まっている。このニュースに感謝する日々だ。それでも不安は残る。来春には弟子の鈴々舎八ゑ馬(やえば)さんの真打ち昇進が予定されている。

「その披露が、休業や入場制限なしで予定どおりできればいいけどね」

 こんなときだからこそ、寄席を、笑いの文化を、大事にしていきたい、師匠の願いは切実だ。(由井りょう子)

週刊朝日  2021年6月18日号