「毒親というより依存症の人」 おおたわ史絵が捨てた母親とは 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「毒親というより依存症の人」 おおたわ史絵が捨てた母親とは

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大崎百紀週刊朝日
おおたわ史絵さん(撮影/写真部・掛祥葉子)

おおたわ史絵さん(撮影/写真部・掛祥葉子)

カウンセラーの川島崇照さんによる毒親チェックリスト (週刊朝日2020年9月25日号より)

カウンセラーの川島崇照さんによる毒親チェックリスト (週刊朝日2020年9月25日号より)

 本来は生まれたときから愛情を注がれ、道しるべとなるはずの親が、子どもにとっての“毒”になり、下の世代にも影響する。こんな厄介で皮肉なことはない。総合内科専門医・おおたわ史絵さんもそんな親に悩まされた一人だ。

【あなたの親は大丈夫?毒親チェックリストはこちら】
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 テレビのコメンテーターなどで活躍する医師のおおたわ史絵さんは、『母を捨てるということ』(朝日新聞出版)を出版した。

 7年前に亡くなった、依存症の母との長年の壮絶な関係や、思いをつづっている。

 おおたわさんが幼少のころから、母の「教育ママ」ぶりは常軌を逸していた。ピアノ、バイオリン、英会話は誰よりもうまくないと怒られた。ピアノの練習中、一回でもつっかえると椅子からたたき落とされる。その怖さで緊張しては間違え、たたかれるの悪循環。

 勉強にいたってはさらにすごさを増す。ストップウォッチを持った母の前で計算ドリルを始め、制限時間を少しでも過ぎるとコーヒーカップや教科書が飛んできた。大きな灰皿を投げつけられ、額から血が流れたことも。「おきゅうがわり」とたばこの火をおしつけられそうになったり、ミルクセーキに下剤を入れられたりしたことも。

「でも私は母を毒親とは思っていません。はたからはそう見えるかもしれませんが。毒親というより、生きるのが下手すぎた『依存症のひと』」

 父が開業医だったこともあり、「オピオイド」という痛み止めの注射(処方薬)が手に入りやすい環境にあった。過去の病気などの影響から、腹痛の際に母が使っていたが、痛くないときでも乱用するようになった。依存症はその後もずっと続いた。おおたわさんが高校生のときには食卓にはいつも当たり前のように注射器が転がっていた。

 そんな母に愛情を注ぎ続け、おおたわさんと力を合わせてきた父が亡くなったとき、母は喪主であるのに葬儀に参列しなかった。通販の買い物に依存していて、通販番組の電話出演のためだった。

 独居となった母は、76歳のとき、持病の大動脈瘤の発作で亡くなった。自宅のベッドで横たわっているのをおおたわさんが見つけた。

 30年以上振り回されてきた母の異常行動がなくなった今は、「人生のノイズ」がなくなった感覚という。

「母は悪い人ではなかったと思う。ただ育った環境に恵まれなかった」

 親戚の話では、おおたわさんの祖母は、暴力を振るう祖父から逃げる際、まだ幼少の母を置いていったという。

 親から捨てられた──。その思いがその後の母の人生に影響したと思っている。

 いわゆる「毒親」育ちについてはこう話す。

「本当に『毒』になる親が存在するのでしょうか。誰もが毒親になりうる要素があり、それを上手に出さないように押し殺しながら生きているだけではないでしょうか。もし自分に子どもがいたら私も毒親になっていたかもしれませんし、依存症も発症していたかもしれません。おそらく自分の中にも母と似た気質があると思います」
 
(本誌・大崎百紀)

週刊朝日  2020年9月25日号


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