ただ、西洋医学であっても、医者であれば誰もが自然治癒力の存在を知っています。外科医ががんの手術で内臓の悪い部分を切除して再びつなげたときに、しっかりつながるのは、自然治癒力があるからです。そもそも、外科とは自然治癒力を前提にして成り立っているのです。

 自然治癒力という言葉はラテン語にもあります。「vis medicatrix naturae」です。この自然治癒力という概念はもともと、古代ギリシャの医聖ヒポクラテスが唱えました。彼は治癒力の根源としてネイチャーなるものを想定したのです。その考えが、ローマ時代の名医ガレノスに引き継がれ、その後も西洋医学のなかで存在感を示していました。

 しかし、17世紀に入って、血液循環論など実証的な医学が主流になると、表舞台から消えてしまったのです。いまの医学の授業では傷がいかに治るかは教えますが、なぜ治るかについては触れません。

 けれども人間の命にとって、根源的な存在である自然治癒力の正体は、いずれは解明されるべきものだと思います。

週刊朝日  2020年9月4日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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