「ギャンブルは負けても快感」六角精児が借金生活を糧にできたワケ (2/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「ギャンブルは負けても快感」六角精児が借金生活を糧にできたワケ

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六角精児(ろっかく・せいじ)/1962年生まれ。兵庫県出身。82年劇団「善人会議」(現・扉座)の旗揚げメンバーとなる。2000年にテレビ朝日系でスタートしたドラマ「相棒」シリーズで注目を集める。舞台、テレビドラマ、映画などで活躍。15年には、NHK BSプレミアムで初の冠番組「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」がスタート。六角精児バンドとして、今年12月に2ndアルバム「そのまま生きる」をリリース。 (撮影/写真部・小黒冴夏)

六角精児(ろっかく・せいじ)/1962年生まれ。兵庫県出身。82年劇団「善人会議」(現・扉座)の旗揚げメンバーとなる。2000年にテレビ朝日系でスタートしたドラマ「相棒」シリーズで注目を集める。舞台、テレビドラマ、映画などで活躍。15年には、NHK BSプレミアムで初の冠番組「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」がスタート。六角精児バンドとして、今年12月に2ndアルバム「そのまま生きる」をリリース。 (撮影/写真部・小黒冴夏)

(c)ヴァンブック

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 自分から進んで勉強したわけでも、自分から役者になりたいと思ったわけでもない。でも、たまたま出会って、「面白そう」と思ったものに関しては、果敢にアタックすることもある。大学時代に出会ってしまったギャンブルがそうだった。

「生活を送る中で、人間って、折に触れていろいろなものに出くわすじゃないですか。ギャンブルは、『これは何だろう?』と気になっていて、やってみたら面白かった。まさか自分が依存症になるとまでは思っていなかったですが(笑)」

 横内さんが主宰する劇団「善人会議」(現・扉座)に所属し、俳優として活動しながらも、ギャンブルはやめられなかった。ギャンブルで作った借金の返済は、「相棒」シリーズに出演するなど、数々の映像作品で、“個性派俳優”として認知されるようになった40代の前半ぐらいまで続いた。役者で食えなくて困窮したのか、ギャンブルで首が回らなくなったのか。お金で苦労した原因は一つではないが、今となっては、「どちらの経験も、結果的には自分の糧になっています」と話す。

「劇団って“仕事”じゃなくて“活動”なんです。僕の場合、高校時代に演劇部だったから、社会人になっても演劇をやっているだけで、ずっと部活の延長みたいな感じ。少しずつ、出会う人や場は変わってきたけれど、“演じるのが仕事”だという自覚は、他の役者ほどには感じていないんじゃないかな。要するに、仕事と趣味とか、日常と非日常の境目が、あまりないんだと思います。今は、鉄道関係の番組なんかもやらせてもらっていますが、事務所としては舞台や映像の仕事を入れたいかもしれない。でも僕自身は、人から求められるのであれば、それが旅番組であっても、自分の出し方に別段、変わりはないと思ってしまうんです」

 結婚を4回もしたり(うち2回は同じ女性)、ギャンブル依存で借金の返済に苦しんだり、家賃を滞納したり。ラジオやバラエティーやエッセーで、過去の経験を詳らかに語っているが、「自分を晒(さら)していくことに抵抗は?」と聞くと、「ないです」と即答した。


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