遅刻をしてきてもデートのある日は、「今日は8時半にディナーの約束があるから8時に終わるわよね」と屈託なく主張する。しかも不思議なことに、「いつもセリフが入ってなくて10テイクくらい撮るのに、そういう時は1テイクでOKを出す」と是枝監督は笑う。

「基本、遅刻しても帳尻を合わせてくるんです。そこはさすがです。“神テイク”が必ずある。それで、『間に合ったわ、じゃあね~』と喜々として帰っていく。スタッフと、これは毎日デートの約束を入れてもらったほうが現場はスムーズなんじゃないかと話していたくらい(笑)。そういうちゃっかりしたところがあるんですが、本能のままだから憎めない。結果的に、彼女が遅刻しようが何だろうが振り回されつつ、みんな受け入れざるをえないくらいファンになるんですよ。僕ももう完全にやられちゃいました」

 近寄り難い大女優──。そんなイメージが是枝監督のドヌーヴ話を聞いているうちにいい意味で崩れていく。身近な存在に思えてくる。でも、自己中なファビエンヌにはやはりドヌーヴ本人が入っているような気が……。

「ドヌーヴはファビエンヌよりももっともっとチャーミングですよ。すごく毒舌家で、そこは(樹木)希林さんとよく似ています。毒舌が芸になっている。すごく鋭くて辛辣(しんらつ)だけど、笑えるんです。悪口を言っている時はまぁ楽しそうですね(笑)」

 是枝監督のキャリアは20年以上。さすがに監督を振り回す俳優は子役くらいしかいないだけに、今回のドヌーヴとの出会いは最初の思惑通り、「新鮮な気持ちを取り戻せた」と言う。

「カトリーヌ・ドヌーヴという存在は僕をハラハラさせるには十分でした。これだけ主演女優に振り回されながらも自分が納得できる映画ができたし、ドヌーヴの魅力も引き出せたと思っています」

 それにしても、ドヌーヴほどのクセモノを料理してしまったら、次は一体どんな高みを目指すのだろうか。

「また別の役者とやる覚悟はありますけど、ドヌーヴを超える人は世界にいない気がしますね(笑)。でも、この映画を撮ったことで、撮れるものならハリウッドで1本撮ってみたい、という欲も出てきました。今後アジアの役者たちと国境を超えてコラボレーションしてみたいというアイデアも頭の中にあります」

(聞き手/ライター・坂口さゆり)

週刊朝日  2019年10月25日号