今夏の世界選手権女子複合決勝のリードに臨む野口啓代  (c)朝日新聞社
今夏の世界選手権女子複合決勝のリードに臨む野口啓代  (c)朝日新聞社
6歳の野口。実家が酪農を営んでいたため、広大な敷地や牛舎が遊び場だった=昨年9月9日付朝日新聞から転載  (c)朝日新聞社
6歳の野口。実家が酪農を営んでいたため、広大な敷地や牛舎が遊び場だった=昨年9月9日付朝日新聞から転載  (c)朝日新聞社

 2020年東京五輪で活躍が期待される選手を紹介する連載「2020の肖像」。第4回は、スポーツクライミング女子の野口啓代(30)。2020年東京五輪のハイライトの一つは、初めて開催される「アーバン(都市型)スポーツ」。その中で代表内定第1号となったのが野口だ。10代のころから華々しい実績を積み重ねてきた天才クライマーは、大舞台に特別な思いで臨む。朝日新聞社スポーツ部の吉永岳央氏が野口の五輪にかける思いに迫る。

【6歳のときの野口啓代選手の写真はこちら】

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 現役を退く日付は、もう決めている。

 20年8月7日、金曜日。

 野口は言う。

「東京五輪(女子決勝)を最後の一日にしたい。最後が決まっているから、練習も頑張れるし、濃い時間を過ごせている」

 野口にとって、東京は最初で最後の五輪であり、引退の花道でもある。

 切符を手にしたのは、8月、東京・八王子で開かれた世界選手権だった。

「(この大会で)五輪が決まらなかったら、(ここで)引退しようかとも思っていた」

 強烈なプレッシャーを自らかけて力に変えるあたりは、日本女子の第一人者ならではの芸当だった。

「びっくりするくらいに落ち着けていて。本当に、今季の中でも一番良い登りができたんじゃないかな」

 東京五輪で実施されるスポーツクライミングは、五輪競技に採用される前にはなかった「複合」という新しい競技形式で行われる。

 15メートルの壁を登る速さを競う「スピード」、5メートルほどの壁に設けられた課題をいくつ登れたかの数を競う「ボルダリング」、12メートル超の壁に設定されたルートをどこまで登れたかの高さを争う「リード」の三つを一人の選手が全てこなし、総合ポイントを争う。

 世界選手権での野口は、第1種目・スピードで7位と出遅れた。だが、ここで慌てない。第2種目・ボルダリングでは、複雑な動きが求められる一つ目の壁を一発でクリア。最大斜度150度のパワーを要する次の壁もあっさりと2度目のトライで攻略し、この種目1位を獲得。3種目の総合で日本勢最上位の銀メダルとなり、五輪への道をこじ開けた。

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