瀬戸内寂聴との付き合いは人間修行? 横尾忠則が往復書簡で明かす

週刊朝日
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)
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横尾忠則(よこお・ただのり)/193...

 半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

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■瀬戸内寂聴「平野啓一郎さんも『横尾さんはカッコいい』」

 ヨコオさん

 あなたに習って、片カナで呼びかけると、ピタッと息が定まりました。スポーツの試合の前の選手の始めの笛やドラの声のようなものです。

 この「往復書簡」が始って以来、半分老衰のせいか、頭がかすみかけていたのが、ピリッと冴えてきて、生きているのがまた愉しくなりました。

 編集部は、ふたりの「恋文」を期待していたらしく、そんな題をつけたがりましたが、私はきっぱりことわりました。そうでしょ? 横尾さんと私の仲には、男女の怪しい匂いはみじんもありません。横尾さんは昔から美人好みで浅丘ルリ子さんや富司純子さんなど、超美人たちが大好きで、彼女たちの顔ばかり描いていましたよね。その似顔絵の魅力のあったこと!

 今でも実物より魅力のある彼女たちのいきいきしたヨコオさんの絵がありありと思いだされます。

 はじめて逢ったのは朝日新聞の編集室でしたね。私は短いエッセイを、横尾さんはそのさし絵を依頼されました。新聞一面の場所を与えられたので、二人とも書きがいのある仕事でした。その帰り、新聞社の出してくれた車で一緒に帰りましたが、私は当時、目白台坂上のマンションに棲(す)んでいたので、先に車を降りましたね。ところがその短い時間に、横尾さんは亡くなった養母さまの箪笥(たんす)に、浮世絵の秘戯図がいっぱいためられていてびっくりした話をされました。母上をおよそ、おとなしい人柄で、生真面目な人とばかり想っていた横尾さんは、それを発見して思いがけないショックを受けたということでした。そうそう、その頃、私はまだ和服を着て、長い髪を頭のてっぺんにまとめていた時でした。私は横尾さんの話すことがすべて面白く、たちまちたどりついたマンションの前で、自分ひとり降りるのが惜しい気持でした。前の世では、同じ星の住人だったのではないかと思われるほど、はじめて逢ったのに気が楽で、話がいくらでもつづきそうでした。その予感は適中して、その後、半世紀近くも、わたしたちの友情はつづいています。そうそう、先日、平野啓一郎さんの『「カッコいい」とは何か』という本を読んでいたら、「カッコいい人」の例の第一に、横尾さんがあげられていて、思わず賛成の拍手をしましたよ。

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