意気投合して以来、早朝ウォーキングの最中に○さんから声をかけられるようになった。大センセイが早足で歩いていると、

「おーい、兄ちゃん」

 と大声で呼ぶんである。

 先日も呼び止められて立ち話をしていると、ランニングをしている人が通り過ぎざま軽く会釈をしていった。すると○さん、こう言うのである。

「いまのは福祉の人なんだけど、ありゃダメたい。こないだ施設に顔ば出せって言いよるけん行ってみたばって、もーう時計のごたる。オレはあげな風には生きられんとよ」

 スケジュールがかっちり決められていて、窮屈で仕方なかったというのである。

 大センセイ、この○さんの言葉を聞きながら「不定時法」という言葉を思い出していた。

 これは、昭和君と国立科学博物館を見学に行ってにわかに仕込んだ知識なのだが、なんでもわが国は江戸時代まで不定時法を採用していたんだそうである。

 大センセイ、不定時法では一刻の長さが季節ごとに変化するということを、このトシまで知らなかった。

 現代の日本では、一時間の長さは夏でも冬でも同じだが、江戸時代の一刻は、太陽が出ている時間の長い夏には長く、冬は短かった。江戸時代の日本人は文字通り、自然のリズムに合わせて生きていたのである。

 おそらく古代の民の竈の煙も、決まった時刻ではなく夜明けとともに上ったことだろう。

 ○さんは社会に適応できない人なのではなく、自然のリズムに従って生きているだけなのかもしれない。

週刊朝日  2019年5月24日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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