労災保険のもう一つの問題点は、委託契約の場合、個人事業主とみなされて適用の範囲外になること。事業所側もそこをおさえている。例えばこんなケースだ。

 九州地方の60代の女性は、シルバー人材センターを通じて派遣され、製造業で働いていた。事故は製品の梱包中に起こった。正社員がスイッチを入れた際、機械に手をはさまれ、指3本を損傷。皮膚移植などの緊急手術を受けた。業務中の事故で負ったけがなのに、労災保険が適用されないと言われ困っている。最初に、損害賠償を請求しないとの誓約書に親族と連名で署名させられ、提出させられていたという。

 この事例のようなシルバー人材センターからの派遣や、バイク便の従事者、荷物を自分の車で持ち込むタイプの長距離トラックの運転手などは業務委託契約が多い。問題なのは、時間給で支払いを受けていたり、指揮命令や労務管理を受けていたり、実態は契約書とかけ離れている場合。このようなケースでは、実際は労働者と使用者の関係にあるにもかかわらず、ひとたび事故が起きれば自己責任にされてしまうのだ。

 前出の古谷さんは「指揮命令の関係があるかどうかがポイントになる」と話す。東京労働局の労災担当者も「実態が労働契約なら労災になる」と話しており、いくつかの要件を総合的に判断するというが、働くシニアにとって、心理的な面も含めて労災を認めてもらうためのハードルが上がるのは必至だ。

 高齢者が働きやすい労働環境を整える必要があるという認識は、政府にも出始めている。厚労省は15年に過労死防止大綱を策定し、18年の改定で高齢者と障害者に対して特段の配慮が必要との考えを新たに盛り込んだ。大綱を議論してきた過労死等防止対策推進協議会の委員として、この配慮を盛り込むことに尽力した岩城弁護士は、配慮が示されて画期的と評価するものの、具体化が進んでいないともいう。

 脳や心臓疾患の労災認定では、発症前1カ月に100時間を超える時間外労働があると、業務と発症の関連性が強いと評価される。岩城弁護士は「高齢者に100時間をそのまま適用していいのか」と指摘。高齢者に労災を認める場合は時間外労働を60時間にしてもいいのではないかという議論もあるそうだ。

 働き方改革がさかんに叫ばれているが、シニアに配慮した労働環境整備はまだまだこれから。100歳人生時代、対策は待ったなしだ。(本誌・浅井秀樹)

週刊朝日  2019年5月24日号より抜粋