古谷さんは「労災保険を使って保険料が上がることはまずない」と話す。東京労働局の労災担当者も同様の見解を示す。

「比較的大きな事業所で、死亡事故などで多額の保険金を国が支払った場合に2年ぐらい後になって保険料が上がることはあるが、ほとんどの事業所で保険料は変わりません」

 こうした事業所の労災隠しに加えて、問題を深刻にしているのは、シニアの場合、「労災保険という制度はあっても使いにくくなっている」(労働者の労災支援をする総合サポートユニオンの池田一慶さん)という点だ。若い世代に比べて、シニアの労働者はいわゆる非正規が圧倒的に多く、立場が弱いからだ。中央労働災害防止協会の調査では、60歳から64歳の雇用形態の69%が「非正社員」。65歳以上は79%だ。総務省の18年の労働力調査でも「非正規の職員・従業員」は、65歳以上で76.3%と同様の結果が出ている。働き口を確保したいがために泣き寝入りしたり、労働者自ら申請を控えたりすることは想像に難くない。

 例えば、シニアではないが、大手自動車メーカーの工場で期間工として働いていた男性によると、現場には「無事故連続○日」と貼り出しがあり、数千日の数字が入っていたという。実際は現場でけがをする人が少なくなかったが、ほとんどの人が貼り紙を無言のプレッシャーと感じ、個人的に治療して済ませていた。手脚の切断や、死亡など隠し切れない事案でもない限り、労災の申請がなされることはないという。事業者側が大きな問題にしたくないと考えているのに加え、有期雇用契約の場合、労働者側は労災保険を申請すると、次の契約更新をしてもらえなくなると恐れているのだ。

 池田さんは指摘する。

「例えば、現業系の現場でけがをしても、労災を申請すると、事業所から契約の更新をしてもらえなくなる恐れがあります。若い人なら次の転職先を見つけられるかもしれませんが、高齢者は厳しいでしょう」

 シニアは次の契約更新を最優先に考えがちで、仕事中のけがや病気でも、労災保険を申請することはかなりの覚悟が必要になるのだ。実際、有期雇用契約の更新に際しては、事業者側が労災保険申請者を契約期間が満了した場合に更新しなくても直ちに法令違反になることはないと、東京労働局の労災担当者は言う。この点に関して、大阪過労死問題連絡会・事務局長の岩城穣弁護士は「労働者にとって更新されることに合理的な期待があり、更新拒絶には正当な理由があるべきではないのか」と指摘している。

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