「喪失体験は誰でも経験するものです。しかし加齢による脳の変化によって柔軟に対応しにくくなり、うつ病を発症しやすくなるのです」(馬場医師)

 喪失体験を経験しても、かつては大家族で暮らしていたり、近所づきあいがあったりして、周囲のサポートを得られやすかった。しかし近年は高齢者世帯の増加などによって、孤立しやすい。こうした社会環境も、一因といえる。

 服用している薬の副作用で、うつ状態になることもある。ステロイドやインターフェロン、抗がん剤、抗エストロゲン剤などの服用でうつ状態になることが知られているが、循環器系や消化器系など、より一般的に使用される薬でも、うつ状態が引き起こされることもある。高齢者は服用している薬が多くなりやすいため、「ある薬を飲み始めたらうつ症状が出た」という場合は注意が必要だ。

 また、中高年女性に多い甲状腺機能低下症は、疲れやすい、意欲・集中力・食欲の低下など、うつ病と似た症状が表れる。この場合は、甲状腺機能低下症の治療をすることで、うつ症状も改善するが、合併しているケースもある。

 高齢者のうつは、症状の特徴もある。慶応義塾大学病院精神・神経科学教室教授の三村將医師はこう話す。

「若い世代のうつ病は、軽症で適応障害に近い病態であることも多いですが、高齢者のうつ病は、症状が本格的な傾向があります。抑うつ気分が強く、自責感があり、自殺のリスクも高いのです」

 妄想傾向があるのも特徴だ。お金があるのにないと思い込む「貧困妄想」、悪いことがあると自分のせいだと思い込む「罪業妄想」、ささいな症状を重い病気だと思い込む「心気妄想」などがみられる。

「妄想性うつ病とも呼ばれ、最終的に『未来永劫この地獄にさいなまれるくらいなら生きていたくない、もう死ぬしかない』と思ってしまうのです」(三村医師)

 高齢者の場合、ほかの世代と比べて自殺が未遂に終わらず、実際に命を落とす割合が多いと言われている。

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