陛下はハゼの分類学に取り組む生物学者です。そのためか、物事をあいまいなままになさらない、真面目なご性格です。

 たとえば、陛下のお供で山に登ったことがあります。数日後に、陛下の書斎にお迎えにあがった際に、陛下の先に立って階段を下りながら「この前の山登りのせいで、脚じゅう筋肉痛がいたしますね」と申し上げたところ、「いま痛いのは下りるときに使う筋肉ですね。上り坂と下り坂で使う筋肉は違うからね」と優しい口調でご指摘頂いたことがありました。

 一方で、民間出身の皇后さまは、さまざまな物事に関心を示され、時にはユーモアを交えてお話しになる。皇室では、外国訪問や訪日の賓客を接遇する機会が多々あります。皇后さまは、静かで澄み切ったクイーンズ・イングリッシュをお話しになります。国賓の晩餐会では、両隣の元首夫妻の間で2時間、3時間と接遇する会話力も必要です。

 そうしたお立場も影響してか、言語について繊細な感覚をお持ちでした。言葉というのは興味深いもので、個々の土地の文化的な背景と密接に関連します。

 あるとき私が、お国柄によって異なる英語のアクセントについて、実際の発音を交えながら職員仲間に笑い話をしたことがありました。

 女官さんたちが、「多賀侍従がおもしろい話をしている」と、話題にしてくれたのでしょうか、それが皇后さまのお耳に入ったようで、何かの機会に皇后さまからどんなお話かと聞かれました。陛下も横にいらっしゃいました。

 私は、海外の著名な人物のスピーチなどを引用しながら、クセや発音のお国柄での違いについて、ご説明しました。印象的だったのは、皇后さまは、しばしば笑いながら聴き入ってくださる一方で、陛下は、「そんなにおもしろいことなのだろうか」といった表情をなさっていたことです。

 では、陛下はどのようなときに楽しそうな表情をお見せになるのでしょうか。記憶に残っているのは、ハゼに関する古文書を研究されていたときのお話です。欄外の注の記述が別の箇所の記述と混同して書かれていることを発見。「こんなことがわかった。推理小説のようだ」と、それは楽しそうに、私たちへご説明くださる。文献の中の小さな不整合に気づき、それから分析、推論して大きな発見をされるといった学者的な思考、推論に、おもしろさをお感じになっていました。当時お聞きして、私にもじんわりおもしろさが伝わってきたことを思い出します。今、もっと具体的に思い出せないのが残念です。

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