ミッツ・マングローブ「アスリート『イチロー』が闘った平成」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

ミッツ・マングローブ「アスリート『イチロー』が闘った平成」

連載「アイドルを性せ!」

このエントリーをはてなブックマークに追加
ミッツ・マングローブ週刊朝日#ミッツ・マングローブ
ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

元号「平成」を発表する小渕恵三首相(当時) (c)朝日新聞社 (※写真はイメージ)

元号「平成」を発表する小渕恵三首相(当時) (c)朝日新聞社 (※写真はイメージ)

 筋肉の概念が『力こぶ』から『体脂肪率』になっていくとともに、スポーツはただの『力自慢』ではなく、あくなき『ベストパフォーマンスの追求』へと変化していきました。そして観る者は、そこに自分を重ね合わせながら感動体験を貪る。それが冒頭で書いた『平成のしんどさ』です。しかし興味深いのは、先に引退した安室奈美恵さんもそうだったように、スポーツだけに限らず平成のトップスターたちは、この情報過多な時代において皆一様に言葉少なな人ばかりなことです。結局は、本質勝負で結果を残した者でなければ、どんな御託やオプションサービスを並べたところで真の感動は得られないということなのかもしれません。もしくは「無口こそ最たる雄弁」なんて、いよいよ欲と業の極みのようなレベルに達してしまったか。いずれにせよ平成の30年間は、大衆性を排除し個人主義が台頭したことで、今までになく民度格差・感度格差を確立させた30年だったと言えるでしょう。

 そして今後の課題は、ご本人も引退会見でおっしゃっていたように、『イチロー』という名前をどうするかです。1994年、日本人プロ野球選手としては初めて苗字を省き、しかもカタカナ表記で選手名登録をしたイチローさんですが、これこそ平成社会の価値観が産み落とした『時代の遺産』にほかなりません。イチローさんにしてみれば、務めとしてその文脈や意向もしくは願望に乗っかってきたに過ぎないと思います。『カタカナ・イチロー問題』は、平成が終わるまでにきちんとケリをつけなくてはならない平成を生きた私たち世間の最後の責務です。

週刊朝日  2019年4月5日号


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい