では、難聴と認知機能の低下にはどのような関係があるのか。その因果関係や詳しいメカニズムはまだ解明されていないが、いくつかの仮説が報告されている。
一つ目は、難聴により音や言葉が聞こえにくくなることで聴覚を必要とする日常のさまざまな活動が減少し、認知機能の低下がもたらされるという考えだ。例えば、会話が成り立たないことなどによりコミュニケーションが減ったり、家に引きこもるなどして活動性が低下したりすることが認知機能を低下させる要因になるといわれている。
二つ目は、難聴と認知機能の低下が、共通の原因で起こるという説だ。加齢性難聴は、聴神経細胞の減少や障害が原因となるが、認知機能の低下も同じように脳の神経細胞の減少や障害により起こる。難聴と認知症は同じメカニズムで起こる病態であり、難聴がある人ほど認知機能も低下しやすいと考えられる。
三つ目は、難聴があると「聞き取る」ことが困難になり、脳の働きの多くが聞くことに費やされるために、ほかの認知的作業が減り、それが機能の低下につながるという考えだ。
北里大学医療衛生学部教授の佐野肇医師はこう話す。
「一つ目の要因が最も大きいと考えられます。耳を通して脳に届けられる音や言葉の刺激、社会的活動やコミュニケーションによる脳への情報量や刺激はとても大きく、それが減ることが脳にとって最も良くない影響をおよぼすのでしょう」
■難聴はうつとの関係が深い
また、防衛医科大学校病院耳鼻咽喉科の水足邦雄医師は、「難聴を放置することによるリスクは認知症以外にも考えられる」と指摘する。
「難聴はうつとの関係も深いとされています。私たちの研究でも、難聴があると将来的にうつ病を発症するリスクが高まるという報告が得られています。ほかにも、生活習慣病や運動機能への影響などの研究が進められています。それらはまだ明確なデータはありませんが、長期的には難聴は健康にさまざまな影響をおよぼす可能性が考えられます」
現在のところ、加齢性難聴の治療法はない。しかし、補聴器を適切に装用することで聴力を補うことはできる。
「運動しないと筋肉がやせていくのと同じように、聞こえない状態が長く続けば、脳の『言葉を聞き分ける働き』が衰えていきます。機能が低下する前に補聴器で聞こえを補い、言葉が脳に届くようにすれば、聞き分ける能力は維持できますが、長く放置して働きが衰えてしまってから、それを取り戻すのは容易ではありません。難聴になったら、なるべく早く補聴器を装用することが望ましいでしょう」(水足医師)
一方で、聞こえの悪さを感じて耳鼻咽喉科を受診しても、「医師に『補聴器はまだ早い』と言われてしまった」という声も聞かれる。それについて、佐野医師は「珍しいことではないかもしれない」という。
「補聴器相談医は増えつつありますが、全ての耳鼻咽喉科医が補聴器の専門知識を有するわけではないのが現状です。また、『いつから補聴器を使うべき』という厳密な基準はないため、補聴器の装用については医師によって考えが異なることもあるでしょう」
もし、医師に「まだ早い」と言われても、生活の中で聞こえが悪いことを不便に感じるのであれば、もう一度別の補聴器相談医を受診するか、最初の耳鼻咽喉科で聴力検査をしたのであれば、その結果を持参して認定補聴器専門店に行くことをおすすめしたい。
「現段階では、まだ『早く補聴器をつければ認知症を予防できる』とまでは言えませんが、難聴が認知症のリスクであることは報告されていますし、できることがあるならしたほうがいいでしょう。聞こえは悪いよりも良いほうがコミュニケーションもスムーズになり、生活も豊かになるはずです。聞こえをよくすることには、健康に生活を楽しむための多くのメリットがあると考えます」(佐野医師)
◯北里大学医療衛生学部教授
佐野 肇医師
◯防衛医科大学校病院耳鼻咽喉科
水足邦雄医師
(文/出村真理子)
※週刊朝日3月22日号から