「渦の道」は鳴門市と淡路島を結ぶ大鳴門橋の遊歩道部分に設けられた展望施設であり、ところどころ床がガラス張りになっている。覗き込むと、真下に巨大な洗濯機ゴーゴーの渦潮が見えるという趣向だ。

 高所恐怖症の妻太郎は悲鳴を上げ、昭和君は衝撃に言葉を失い、お父さんは「家族が喜んだんだからタクシー代も無駄じゃなかったな。明日からまた一所懸命働いて、次はグアムかハワイかな」なんて、胸をじーんと熱くするはずであった。

 だが……。ガラス張りの床をいくら覗き込んでも、渦潮は見えないんである。

「あれっ、おかしいな。もっと先の方に出るのかな」

 妻太郎を促して遊歩道を奥へと進む。渦の道は全長450メートルもあるのだ。しかし、一番先の展望室に設置された望遠鏡で海面をなめるように探しても、ゆらーっとしたうねりが見えるだけで、洗濯機ゴーゴーゴーはどこにもない。

 展望室にいる女性係員の声が聞こえてきた。

「今日は残念ながら渦は出ませんでしたけどね、大潮の引き潮の時はすごいからまた来てくださいねー」

 大センセイ、二度と行かないぞ。だって、小潮や中潮の時は渦が出ないことを、地元の人は知っているはずじゃないか。なのに、観光施設で「今日、渦は出ませんよ」と告知しているとこは一切なかった。渦潮で食っている人が大勢いるんだから、そこは、大人の事情でね、ということだろう。

 聞き分けのない子供みたいだと言われようと、大センセイ、ゴーゴーいう渦潮が見たかった。大人の事情なんて、大っきらい!

週刊朝日  2019年1月25日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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