イラスト/阿部結
イラスト/阿部結

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「大人の事情」。

*  *  *

「そこは、大人の事情でね」

 なんて訳知り顔で言う人間に、ロクな奴はいない。

 大センセイ、知命をとうに過ぎたというのに子供で、幼稚で、頑是無い人間であるから、言わずもがなのことを口走って事を荒立ててしまうことが多いのだが、世の中、事を荒立てなきゃいいってもんでもない。

 過日、大センセイご一家は、徳島県の鳴門市を旅行なさった。鳴門と言えば、渦潮と鳴門金時とワカメだが、大塚製薬の父祖の地でもあるという。それゆえ鳴門には、大塚製薬の保養所と直営の大塚国際美術館というものがあって、これがどちらもすごいんである。

 保養所は地元で「竜宮城」と呼ばれているそうで、建物が立派なだけでなく周囲の芝生もとても美しく整備されていて、まるでゴルフ場。これが全部、ボンカレーとオロナミンCとポカリスエットでできているかと思うと、感動ものである。

 美術館の方は、入館料が高いので入らなかったけれど、六本木の国立新美術館ができるまでは日本で一番広い美術館だったという。世界中のあらゆる名画を特殊な技術で陶板に焼き付けて展示しているそうだが、それが全部、ボンカレーとオロナミンCとポカリ……いや、もうやめておこう。

 大塚製薬の地元貢献は素晴らしいと思ったが、大センセイがハテナと思ったのは、鳴門の渦潮である。

 鳴門を訪れる観光客のお目当ては、なんと言っても、鳴門海峡の渦潮であろう。

 巨大な洗濯機のごとくゴーゴーと唸りを上げる渦潮を目の当たりにして、大自然の驚異にたじろぎ、己の卑小さを思い知る。人はその戦きのために、鳴門を訪れるのではあるまいか。

 御多分に漏れず、大センセイご一家も宿からわざわざタクシーを飛ばして、「渦の道」という渦潮の見学施設に行ったんである。入場料は大人一人510円。

著者プロフィールを見る
山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

山田清機の記事一覧はこちら
次のページ