それにしても、“豊洲の彼女”に限らず、近年は自分の誕生日を大切にしている人が意外と多くてびっくりします。私は誕生日と聞いても「いつも以上にお客を呼ばなきゃ」とか「パーティで売り上げ伸ばさなきゃ」といった水商売時代の記憶が今も染み付いている上、ましてや人でも動物でもない『市場』に対して、「あ、自分と同じ誕生日だ!」などとシンパシーを抱けるほど前向きな神経を持ち合わせていません。言ってみれば自分の誕生日って、他人からしたら究極の「知ったこっちゃない」案件じゃないですか。

 例えば誰かが金メダルを獲った時の街頭インタビューなどでも、「きょう私の誕生日なんで金獲ってくれて嬉しいです!」とか、台風で飛行機が欠航した空港で「せっかくの誕生日がこんなことになってしまって残念です」とか、自分の誕生日と世の中を結びつける・かこつける『マイ・バースデイ族』が相当数いることは知ってはいましたが、まさか豊洲市場にまでとは。それとも、街頭インタビューを取りに行ったら「必ずひとりは誕生日の人を探せ」という暗黙のルールでもあるのでしょうか。

 私も客商売をしている身なので、『マイ・バースデイ文化』がビジネスに繋がることは重々承知の上です。それでもやはり自分が客として行ったお店で、知らない人のバースデイに遭遇してしまった時の、あのどうしていいか分からない感覚は、いくつになっても慣れません。大音量のスティービー・ワンダーと他の席から聞こえる乾いた拍手の音。世の中は平和で温かいなと感じると同時に、所詮この世はみんな嘘つきだと痛感する瞬間です。私の心がひん曲がっているのは言うまでもなく。でもやっぱり自分から言っちゃうのって無粋だと思うの。豊洲の彼女、ハッピーバースデイ!

週刊朝日  2018年10月26日号

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ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

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